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バレリーナから爆発寸前のスーパーヒロインに! 最高にカッコいいオスカー俳優、ミシェル・ヨーのマルチライフを振り返る(フィガロジャポン)

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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したミシェル・ヨー。マレーシア出身の60歳の彼女は、映画で演じた役柄と同様、いくつもの人生を生きる能力を持っているよう。横顔を紹介しよう。
【写真】喜び爆発! ミシェル・ヨーはじめ、アカデミー賞のアフターパーティーで大はしゃぎのセレブたち
「あなたはもう全盛期を過ぎたなんて、誰にも言わせないで」。3月12日にハリウッドで行われたアカデミー賞授賞式。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(作品賞を含む7部門で受賞)で主演女優賞の栄冠に輝いたミシェル・ヨーは、すでに長いキャリアを持っていても、たとえその間に何度も停滞期を経験していても、栄光は訪れると証明してみせた。
雑誌「タイム」の「今年のアイコン」に選ばれ、『アバター』次回作への出演も決定。プロデューサーであり女優であるミシェル・ヨーは華々しいカムバックを遂げた。『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)でボンドガールを演じ、『SAYURI』(2005年)で芸者に扮した現在60歳のマレーシア出身の女優が再び新境地を切り開いている。1962年生まれのミシェル・ヨーは、弁護士の父親の一存で、幼い頃から全寮制の学校に進学し、英語とスポーツの英才教育を受けた。クラシック・バレエを学ぶ一方で、スカッシュや水泳、ダイビングでも卓越した才能を発揮している。
15歳のとき、バレリーナを夢見てロンドンのロイヤル・バレエ・スクールに入学。ところが卒業試験の準備に取り掛かり、休暇を利用して両親の家に戻っている間に、母親が彼女に内緒でミス・マレーシア・コンテストに応募してしまう。2023年2月3日に「グラハム・ノートン・ショー」に出演した際、彼女は「母親を黙らせる」ためにコンテストへの参加を承諾したと語っている。運命の悪戯というべきか、彼女は見事、ミス・マレーシアに選ばれる。ひとつのことがまた別の出来事を招き寄せる。ミス・マレーシアは大手デパート数社を所有する香港の億万長者ディクソン・プーンの目に留まる。1984年に彼はギ・ラロッシュの腕時計の広告でのデビューを彼女に提案。共演者は武術界のスター、ジャッキー・チェンだ。やがてジャッキーの女性版と呼ばれるようになる彼女は、この広告出演で大成功を収め、プーンは彼女に自身が経営する映画プロダクションD&Bフィルムズと契約を結ばせる。
キャリアがスタートした。デビューはアクション映画。より“バンカブル”なミシェル・カンという芸名のもと、彼女は武術で卓越した腕前を発揮する。撮影現場で初めて学んだ武術に彼女は熱中した。かつて受けたバレエ教育も役に立ち、カンフー、太極拳、テコンドーをマスターすると、敏捷さと自らスタントを行うほどの身体能力の高さで注目されるように。
1987年、28歳で彼女はディクソン・プーンと結婚、同時に女優引退を決意する。2022年3月にオンラインマガジン「バサル」のインタビューで、当時は家庭を築くことを夢見ていたと語っている。自分はマルチタスクが苦手だから、夢とキャリアを両立できるとは思えなかった、と。しかし、やがて子どもが産めないことがわかり、結局、それが主な原因となって、夫婦は離婚に至る。
提供元:Yahooニュース

