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出世作を生んだ三遊亭円丈の言葉 「君は君以外になれない」と言われ目が覚めた【林家彦いち 大いに語る】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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【林家彦いち 大いに語る】#2
1993年、彦いちは二つ目になったものの、とたんに暇になった。
【写真】27歳の元売れっ子芸妓と結婚した元力士の落語家
「たいていの若手は二つ目になると暇になるもので、僕はカヌーにハマりました。それがアウトドアの最初です」
彦いちは落語界きってのアウトドア派として知られる。
「茨城県の那珂川で、カヌーをこいでた時に、アウトドアの情報誌、BE-PALの編集者と知り合い、連載を頼まれるようになったんです。最近はやりの1人キャンプもよくやってました。海外にも行ってます。最初がミクロネシア。東京で暮らすよりも生活費が安くすむという理由で2週間も滞在してました(笑)。その後も、ユーコン川をカヌーで下ったり、バイカル湖で現地の人と相撲を取ったり、テーブルマウンテンで奉納落語をしたり、カザフスタンの芸人に会いに行ったり。外国に行くと何か面白い出来事があるので、落語のネタになるんです」
当初は、自分で見聞きしたことを高座で面白くしゃべることができなかったという。
「無理にオチを付けようとして失敗したり、試行錯誤の連続でした。そんな時期に(三遊亭)円丈師匠にアドバイスされたんです」
新作落語の旗手、円丈が主宰する<応用落語>は、1991年に池袋の文芸坐ル・ピリエで始まり、彦いちは前座時代から使ってもらっていた。「二つ目になりたての頃、『君は何をやりたいの?』と聞かれました。いろいろ話すうちに、新作の作り方を一から教えてもらい、『君の世界を落語にしていけばいい』と言われました。ノンフィクションが面白いのだから、無理にオチを付けなくていい。純粋に感じたことをそのまま語ればいいんだと。目が覚めましたね」
彦いちが2006年に刊行した著作「いただき人生訓」に、円丈の言葉が載っている。
「はい。『君は君以外になれないんだ。君になればいいんだ』ですね。哲学的ですが、自分の感性を生かせばいいと理解しました」
それから彦いちの高座が俄然面白くなった。「スケッチネタ」と言われる、実際に見聞きしたことをしゃべると、大きな笑いが起こったのだ。
「今もよく演じてる『睨み合い』という噺も、実際に見聞きしたことです。京浜東北線が鉄橋の上で急停車して、事故でしばらく動けないというアナウンスが流れる。その時、同じ車両に乗っていた人々の様子を描写して一席にしたものです」
この噺は彦いちの出世作になった。2000年、NHKの新人演芸大賞に出場した際、この噺を演じて、落語部門の大賞を受賞したのだ。
「新作で受賞したことに意味がありました。この種のコンクールは圧倒的に古典落語が有利なんです。僕の前後に受賞した方は古典派ばかりで、昨年、立川吉笑さんが新作で大賞を取ったのは久しぶりじゃないでしょうか。あの受賞で自信が付いたのは確かです。円丈師匠の<応用落語>で、昇太、白鳥、喬太郎といった先輩方と一緒に、ネタ下ろしを掛けてたことも刺激になったんでしょう」
その連中がそっくりそのまま、現在のSWA(創作話芸アソシエーション)のメンバーになったわけだ。
「ただ、寄席ではまだまだ新作が認められていない時代でした。新作で通せたのは、師匠の木久扇と円丈師匠くらいで、僕ら若手はできませんでした。新作をやり出すとお客さまが引きますし、楽屋の先輩方にも、『新作の後はやりづらい』なんて言う方がけっこういましたから」
(聞き手・吉川潮)
提供元:Yahooニュース

