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ジャニー喜多川の性加害と戦後の日本芸能史(2)~「帝国」以前のジャニーズ事務所~(現代ビジネス)

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巷のワイドショーやインターネットは、飢えたピラニアのように「事件」という生肉へ喰らいつくが、「歴史」という骨までは語りたがらない。そんな芸能ゴシップ&サブカルチャーの「歴史」を、〈元〉批評家でコラムニストの時代観察者が斜め読む!
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(1)デヴィ夫人は何故、ジャニー喜多川を擁護した? (2)「帝国」以前のジャニーズ事務所
(3)松尾潔と山下達郎、神格化されたマニアの受難 戦後の日本芸能界はアメリカのショービジネス界を模倣することで作られてきた。ジャニー喜多川が芸能界に地位を築くきっかけとなったのも、アメリカ人として朝鮮戦争の軍属や大使館職員を経験し、進駐軍の宣撫工作としての芸能興行もよく知っていたからだ。
パックス・アメリカーナとして舶来文化に憧れた戦後の日本人は、1980年代のバブル期まではそれを上手く真似ることが文化的だとされていた。その過程でいくつもの「和製○○」が生まれたが、興行形態は戦前からのヤクザが仕切る芸能興行の上に乗る、入れ子状態であった。
キョードー東京の創立者である内野二朗は、自伝『夢のワルツ』(講談社)で、相棒の永島達司が江利チエミの公演で山口組の田岡一雄と吉本興業の林正之助と遭遇し、興行への協力を依頼された経緯を記していたが、そうした「和洋折衷」のプロセスを経て、旧来の芸能興行と舶来文化は結合していった。
やがて、テレビの台頭と共にジャズマン出身の渡辺晋が渡辺プロダクションを設立し、表向きはヤクザの興行と一線を画した現代的なマネージメントシステムを整備していく。
もっとも、タフ・ネゴシエーターが過ぎて渡辺プロ自体が「帝国」化し、数々の批判に晒されていくのだが、このあたりの前時代性は、渡辺プロの番頭役であったハナ肇の付き人も務めていた、なべおさみの『やくざと芸能と 私の愛した日本人』(イースト・プレス)など、一連の「芸能史」ものに身も蓋もなく書かれている。
文章は狡猾でありながら曖昧で読み辛いのだが、タイトルの通り、パックス・アメリカーナに面従腹背で虚像を演じ、戦後を生き延びたヤクザや芸能人こそが日本人の本質を体現しているのだ、という開き直りは清々しくすらある。
提供元:Yahooニュース

