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「オールナイトニッポン」初代パーソナリティー“アンコーさん”は82歳 今もラジオで喋っていた【あの人は今】(日刊ゲンダイDIGITAL)

【あの人は今こうしている】

 斉藤安弘さん(82歳)

 今も若者に高い人気を誇る深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)。その初代パーソナリティーのひとりで、人気ナンバーワンだったのが“アンコーさん”こと斉藤安弘さんだ。2003年にパーソナリティーに復帰して話題になったが、斉藤さん、今、どうしているのか。

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  ◇  ◇  ◇

「こんな“出がらし”のワタシの取材でいいんですか」

 JR新橋駅そばの喫茶店で会ったアンコーさん、まずはこう言って笑った。82歳とはいえ目に力があり、表情豊かで若々しい。

「前立腺肥大でお医者さまと“お友達”になっていますが、それ以外はとくに健康面の問題はありません。オヤジが93歳まで生きたので、血筋かもしれませんね。でも、周りが1人減り、2人減り……自分が生きているのが不思議なくらい。いつお迎えがきてもおかしくない。どうせなら、サルサやサンバのリズムで賑やかにお迎えがきてほしいな、と思っています(笑)」

 健康の秘訣は、肉・魚をはじめ、よく食べること。酒は弱いが、晩酌はたしなむ。たばこは吸わない。

「元気でいるには、運動ですね。2年前から週2回、スポーツジムに通って、1回2時間以上、汗を流しています。月1回、高校の同期とゴルフを楽しんでいるのですが、スコアなんていいので、18ホールを歩いて回る脚力を維持したくて。でも、飛距離は完全に落ちましたねぇ」

 ジムへ通う以外は、都内の映画試写室へ足しげく通っている。

「報知映画賞の選考委員を、4年前まで13年間務め、今はラジオ番組でも映画の紹介をしたり、港区民のための無料映画上映会をしたりしているので、できるだけたくさん見ています。多い日は1日4本。さすがに、4本も見ると何がなんだか、わからなくなりますが(笑)」

 今もラジオでしゃべっているのだ。

「5年前から、芸能リポーターの東海林のり子さんと、『現場の東海林です。斉藤安弘アンコーです。』という番組でしゃべっています。2人合わせて172歳。ギネスもんじゃないかな(笑)。東海林さんはニッポン放送の6年先輩でして、それぞれ現場での経験を話しています。週1回の30分番組なのに1時間ぐらいしゃべっちゃうから、編集が苦労していると思います(笑)」

 8月31日には、NHKの「ラジオ深夜便」に出演。

「山崎ハコさんのライブに出かけた際、『ラジオ深夜便』のアンカーを務める徳田章さんと知り合い、その縁で呼んでいただきました。NHKさんには80周年記念特番など、これまでにも何度か呼ばれたことがあるんですよ」

 忙しそうだ。

「出歩くばかりで、終活がやれないんですよ。何千枚とあるレコードやCDは、サンプル版が多くて売るわけにいかない。『オールナイトニッポン』のリスナーからのハガキは、大事にとっておいてあるのもありますね」

 夫人はお元気なのだろうか。

「04年に離婚し、15歳年下の元全日空のCAと再婚しました。今のかみさんとは、僕の番組のリスナーで、飲み友達だったパイロットの紹介で知り合いました。かみさんはワタシと違って勉強熱心なんですよ。女子美術大学に入り、大学院まで通い博士号を取得。文星芸術大学や帝京大学などで色彩論を教えていて忙しいので、家事は分担です」

 前夫人との間には娘が2人いるが、「付き合いがないので、孫がいるかどうかはわかりません」。

 人生いろいろ、だ。

■63歳でふたたびマイクの前に、20代の頃からのリスナーと飲むことも

 さて、アンコーさんは、64年に中央大学を卒業しニッポン放送にアナウンサーとして入社。67年に「オールナイトニッポン」がスタートすると、初代パーソナリティーの6人の1人に抜擢され、若者から熱い支持を受けた。

「6人のうち、今も存命なのはワタシと今仁哲夫さんの2人だけ。カメちゃん(亀渕昭信元ニッポン放送社長)は同期ですが、パーソナリティーになったのは番組開始2年後からなんです」

 その亀渕氏と“カメ&アンコー”として「水虫の唄」など3枚のレコードをリリースするとヒット。人気テレビ番組「ザ・ヒットパレード」「スター千一夜」(ともにフジテレビ系)などに出演した。

「歌唱印税は会社に入り、我々は一銭も受け取っていません。そのかわり、2人で米国に1カ月行かせてもらいました。ハワイ、NY、ロードアイランド、ニューオーリンズなどを回り、ロックやジャズのフェスティバルを楽しみ、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの生演奏を見たりできた。貴重な経験でしたね」

 アナウンサー人生を振り返って思うことは?

「46歳で管理部門へ異動になったときは、寂しくて2、3日眠れませんでした。52歳で『箱根 彫刻の森美術館』などを運営するグループ会社に出向になり10年7カ月、単身赴任していたときが一番つらかったですね。それが63歳でまたマイクの前に戻れて、今は20代の頃からのリスナーと一緒に飲んだりしているんです。不思議な人生です」

 横浜市内のマンションで夫人と2人暮らし。

(取材・文=中野裕子)

提供元:Yahooニュース
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