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八代亜紀さんは「人の機微」がわかる方 人の成功や幸せを心から喜んでいるような方でした(本多正識)(日刊ゲンダイDIGITAL)

【お笑い界 偉人・奇人・変人伝】#177

 八代亜紀さんの巻

 ◇  ◇  ◇

 昨年末、お亡くなりになっていた「演歌の女王」八代亜紀さん(享年73)。私は2度しかお会いしたことがありませんが、あの慈しむような瞳の笑顔に魅入られた一人です。

「妻とは両立できない」70歳で熟年離婚していた八代亜紀さん

 初めてお会いしたのは、40年近く前、まだ仕事を始めて間もない頃でした。

 NGK(なんばグランド花月)が開館した当初に、今いくよ・くるよさんと台本の打ち合わせをしていたある日、「せんせ(私のこと)、この後、3時間ほど時間あります?」と聞かれ「大丈夫です」とお答えすると「そしたらええとこ行きましょ。行っとかはったら勉強にもなるし」とお2人と共にタクシーへ。

 運転手さんに告げられた場所が大きな劇場だったので、「芝居を見るんや」と勝手に想像していたのですが、劇場に近づくと「八代亜紀リサイタル」という大きな看板やのぼりが目に飛び込んできました。

「せんせ、好きや言うてはったでしょ?」「大好きです! マジですか!?」「マジマジ! 行きましょ行きましょ!」

 用意されていた最後列の目立たない席で八代さんの歌を堪能し終えると、そのまま楽屋へ。

「八代亜紀」と書かれたのれんをくぐると、奥行きの広い「座長部屋」でした。中から座っていた八代さんが小走りに駆け寄ってこられて、「亜紀ちゃん良かったな~大看板になって」「いくよ・くるよさんも売れっ子になって良かった!」と涙ぐんでおられました。3人は下積み時代からのお付き合いで2人の成功を心から喜んでいらしたのでした。

「そちらの坊や(修業中のバンドマンの呼び方)はマネジャーさんかしら?」と私のほうに目を向けてくださり、私が挨拶しなければいけないのですが、目の前の大スターにあっけにとられて言葉が出ず……。

 いくよさんが「ちゃうちゃう、私らの漫才書いてくれてはる作家の先生。浪人生みたいやけど“坊や”ちゃうで。奥さんも子供さんもいてはんねん」「ほんとに、それは失礼いたしました」とちゃめっ気たっぷりの笑顔で頭を下げて「漫才って台本があるんだ?」「あんねん、あんねん歌と一緒やし。この先生はおもしろいの書いてくれはんねん」「じゃ、大先生だ!」「そう、大先生、大先生!」とひとしきり盛り上がり、八代さんの楽屋で30分近く、ご一緒させていただきました。

 帰り際には真顔で「本多先生、これからもいくよ・くるよさんにおもしろい漫才を書いてあげてくださいね。よろしくお願いします」と畳に手をついて頭を下げられた姿が目に焼き付いています。

 それから十数年後トーク番組のゲストに来ていただき、楽屋でこの話をすると思い出してくださって、漫才の他にもテレビの構成、吉本新喜劇の脚本、NSCの講師をしていることをお伝えすると両手を握って「よく頑張ったわね! 良かったわ~! うれしいな~!」と目をキラキラさせながら、我が事のように喜んでくださいました。

 数多くのスターのみなさんがそうであったように、スタッフひとりひとりに丁寧に挨拶をされて、観覧のお客さんにも「今日はありがとうございます」と頭を下げて本当にうれしそうに笑顔を振りまいておられました。

 長い下積み時代を経験されてきたこともあるのでしょうが、人の機微がおわかりになるというか、人の成功や幸せを心から喜んでらっしゃるような方でした。

 そういう心の豊かさが人を引きつけて離さない八代節を生み出していたのではないでしょうか。素晴らしい歌声をありがとうございました。あの慈悲に満ちたすてきな笑顔忘れません! ご冥福をお祈りします。

(本多正識/漫才作家)

提供元:Yahooニュース
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