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1:
雪弥
もうすぐ夏が終わる…
出会いは雨だった…。
あの小さなバス停…覚えてる?
あの日から、俺の大切な場所になったんだ…。2005-06-09 11:39:00 -
2:
しゅうは家族が住む実家の近くで、1人暮らす18才。しゅうが住む土地は凄く田舎で、見渡す限り山ばかりだ。
少し歩くと海がある。先が見えない程に、長く長く続く浜辺は、夏の終わりを迎え人は居なかった。
今日は風が強い…。水面が揺れてキラキラ光っていた…。2005-06-09 11:40:00 -
3:
浜辺を上がった道路には、小さな屋根付きの古いバス停が1つあるだけ。
波打ち際にある岩場に腰掛けて、1人空を見上げる。
雲が流れるのを見る瞳は
辛いこと…悲しい事すべてを忘れさせる・・・。
しゅうはこの瞬間が1番スキだ。2005-06-09 11:41:00 -
4:
【ポタッ…ポタッ】
“…通り雨?”
ついてないなぁ…。しゅうは近くのバス停に走った。
“あ…誰か居る。
ー先客だ…めずらしいー
見れば同い年位だろうか?女のコだった。2005-06-09 11:42:00 -
5:
しゅうも、そのコも頭からびしょびしょだ…。
そのコはベンチに座って
足をブラブラさせていた。
しゅうは少し離れて座った・・・。
無言の空間。
雨の音が耳にうるさい。
・・・・
女のコは「くしゅんっ」
とくしゃみをした。2005-06-09 11:43:00 -
6:
しゅうは思い出したように、荷物をあさりタオルを差し出した。
ふと見上げたそのコの目は、泣いていたのだろうか?潤んでキラキラしていた。
「あ…。ありがとう」
女のコは【にこっ】と笑うと頭を下げた。2005-06-09 11:44:00 -
7:
しゅうは【にこっ】と笑うと、少し離れ座った。
“この辺のコなのかな?”
『どこから来たの?』
と聞きたかったが聞けなかった。
ーしゅうは声が出ない病気だったから・・ー2005-06-09 11:45:00 -
8:
ふと友達の言葉がぼんやり浮かんだ。
声が出なくなる前からの友達の流が言った。
「しゅう彼女作らないのか?」・・・。
『しゃべれないから』
と手話をした。
「しゅうらしいな…」
と流は笑った。
少し前までは声があったのに…そう。先天性ではなく事故が原因だった。2005-06-09 11:46:00 -
9:
しゅうはいつも、首を隠した。鉄パイプが刺さった跡があるから。
見せるのが嫌だった。
リハビリや治す意志、努力すれば声が戻るかもしれない…と医者は言った。
でもしゅうは治そうとは思わない…耳は聞こえるから。手話が出来る今では不便でもないし・・。2005-06-09 11:47:00 -
10:
そんな事を思い出して、ぼーっとしていると
しゅうの目の前にアメが1つ…。“?”不思議に思って見上げると
【んっ】と女のコが手を出していた。受けとると
「お礼っ☆」
と女のコが笑った。
“何でアメなんだ?”
子供のような可愛らしい行動に、思わず笑ってしまった。
しゅうは【ペコリ】と頭を下げた。2005-06-09 11:48:00 -
11:
「あのっ…良かったら、だけど名前教えて…?」
しゅうは少し戸惑った。
初めてしゃべれない事に、劣等感を感じた。
彼女は、下を向き戸惑ってるしゅうに気付き、
気遣ってか足をブラブラさせた・・。
「雨…すごいね」
彼女は空を見上げた。
しゅうは何だか“悪い事しちゃったな”と思い荷物から、おもむろにノートとペンを取り出した。2005-06-09 11:48:00 -
12:
しゅうは、もたれていた後ろの壁を手で
【コンコン】と叩き
彼女にノートを見せた。
『柊ーしゅうーです』
彼女はびっくりしていた。「…うそ。こんな事って…あるの…?」
彼女はぼそっと呟いた。
『どうかした?』
彼女は【はっ!】とし
笑顔でつくろった。
「あっ!ううん、何でもないよ」2005-06-09 11:49:00 -
13:
この時何故か、しゅうは何も聞かない方が良さそうだと思った。
「私の名前は郁ーいくー」
「あなた・・・、まさか声が…?」
しゅうは【にこっ】と笑いながらペンを走らせる
『“あなた”じゃなくて、しゅうだよ!うん…声は出ないんだ…』
郁は黙って下を向いた。
覗きこんだその顔は、今にも泣きそうだった。
しゅうは慌ててペンを走らせた2005-06-09 11:50:00 -
14:
『泣かないで…?』
その言葉を見た瞬間、郁は両手で顔をおおい、泣いてしまった。
“あれ…?泣かせてしまった…?え…俺?”
何て言えばいいのか、言葉が浮かばない。
オロオロするばかりだ。
今思えば郁は誰かに話を聞いてほしかったのだろう。だけど郁の涙の本当の意味など、この時のしゅうには知るよしもない。2005-06-09 11:51:00 -
15:
雨がやみ1時間に1便しか来ないバスが来た。
郁はバスに乗り込む瞬間
振り返り
「また会える?」
と不安そうに聞いた。
しゅうはペンを走らせ
『うん。いつでも』
と見せてノートを閉じた 不思議なコだった。
よく笑う。よく笑うのに…何かがひっかかる。2005-06-09 11:52:00 -
16:
郁は柊の名前をキレイと言った。そんな事を言うコは初めてだ。変わってる。
帰ってから、しゅうは郁の事を考えていた。
初対面の奴の前で泣く程、郁は何に追い詰められたんだろう。
その時【ピンポーン】と家のチャイムがなった。
ドアの前には流が立っていた。2005-06-09 11:53:00 -
17:
流が来るのはいつもの事
「土産だ」と酒を持ってきた。
おいおい?俺ら未成年やん…等と思う訳もなく、いつものように酒を飲む。
ふと見ると流の服に葉っぱが付いてた。
『またあそこかよ』
「え?あ、バレた?」
林檎の木なんか見て何が楽しいのかね。と言うと、流は落ち着くんだと言った。2005-06-09 11:54:00 -
18:
しゅうは今日の事を流に話した。郁の事だ…。
「ん、で?しゅうはどうしたい訳?」
流は相変わらずストレートだ…参った。気になるけど…これはきっと…きっと恋とは違う。
だけど…気になる気持ちは嘘じゃない・・・。
『ほっとけない…かな』
しゅうはそう言うしかなかった。流は、そうか。
とだけ言った。恋愛に変わればいいなと流は思った。2005-06-09 11:55:00 -
19:
流はずっと、しゅうを傍で見てきた・・・。
声を失った時のしゅうは、見てる方が辛い程荒れて
不安定だった。
他校から女のコが見にくる位、皆の憧れだったのに
声を失ってからは、異性を避けた。
だからしゅうの『ほっとけない』と言う言葉に驚いた。純粋過ぎる所は心配だが、この変化は嬉しかった。2005-06-09 11:56:00 -
20:
【ピンポーン】チャイムがなった。ドアを開けると、幼なじみの渉ーわたるーと
華ーはなーだった。
「お土産ぇ」と華は袋を渡した。また酒だ…?
「あ〜流、久しぶりぃ」
華の言葉に渉はゲラゲラ笑っている。流は呆れながら言った。
「毎日この部屋で会ってるだろ・・・」2005-06-09 11:56:00 -
21:
華は酒好きなのに弱くて
すぐ潰れて寝てしまった。「華には困るよ、ジャジャ馬で」
ため息をつきながら、
渉が言う。すると流はからかうように言った。
「そこが可愛いと思ってるくせに〜」
「ばかっ、ちげー…くないけど、俺は幼なじみでいい。」
渉は昔から華が好きだった。もちろん華は知らない
そして当の華は・・。
ーしゅうが好きだったー2005-06-09 11:57:00 -
22:
華の気持ちなど、しゅうはもちろん知らない。
華が気持ちを伝えないのは、しゅうが異性を避けるのを知ってたから。
【ただの幼なじみ】でいいから傍に居たかった。
それは渉も華に対して言える事だった。
後にこの3角関係は、
郁との出会いで変化を遂げるが、それはまだ少し先の話…。2005-06-09 11:58:00 -
23:
皆が雑魚寝をしている中、しゅうは一人目を覚ました。散らかった部屋…。
“う〜ん…頭が痛い”
飲み過ぎた・・・。
ふと時計を見るとまだ夜中の2時だった。
しゅうは外に出ると、いつもの海へ向かった。寝れない日はいつも海へ行った。2005-06-09 11:59:00 -
24:
浜辺に寝ころがり空を見上げる。星で埋めつくされた夜の空…何秒かの感覚で星が流れた。
誰かが砂を踏み近づいた
「何してるん?」
流が上からしゅうの顔を覗き込んだ。
しゅうはびっくりして固まってしまった。…心臓に悪い…?流は笑った。
「ごめんごめん、びっくりさせて」
“ホント頼むよ…?”2005-06-09 12:00:00 -
25:
「寝れないのか?」
『う〜ん、何でかな』
しゅうは体育座りし
膝を抱えた。
「…郁ちゃんの事?」
しゅうは【んーっ】
と両手を伸ばして、背伸びをすると、そのまま後ろに倒れた。
『…わかんねっ』
そう言い目を閉じた。
流と部屋に戻り眠りについた。2005-06-09 12:01:00 -
26:
夕暮れ時しゅうは
あのバス停に行った。
「しゅ、柊くん!?」
郁はとっさに、何かを
後ろに隠した…が
バレバレだ…。
【トサッ…】と何かが
郁の足元に落ちた。
「あーダメっ!見ない
で!」2005-06-09 12:02:00 -
28:
「びっくりさせようと思ったのに〜」
郁は悔しそうに言った
『・・・これ・・』
「はは…バレちゃった。うん。手話の本なの」
“…やばい…”
「柊君、ノートに書くの大変かなって。」
“反則だ…めちゃくちゃ嬉しい。”2005-06-09 12:04:00 -
29:
郁は親戚がこっちに居て、一人で大阪から出てきたらしい。年は18才、同い年だ。
郁はよく笑う。小っちゃくて可愛らしかった。ドジで天然の郁…
しゅうと郁はノートを使って、時間も忘れ話をした。郁が花火をしたいと言ったので。
しゅうは郁と花火をする約束をし、家に帰った。2005-06-09 12:04:00 -
30:
部屋に帰ると家の前には、華が居た。
「しゅう、お帰り!」
『珍しいな。何かあった?』
部屋のドアを開ける。華は部屋に入るなり、
「渉と喧嘩したの!」
と膨れっ面で言った。
『へぇ、珍しい』
冷蔵庫から缶ジュースを出し華に渡した。
「ありがと・・。あいつ意味わかんない!華、友達に頼まれて仲介しただけなのに!!」2005-06-09 12:05:00 -
31:
『仲直りしなよ☆渉も華も、もちろん流も俺の大事な友達なんだからさ』
華はしゅうの言葉にひるんだ。
やっぱりしゅうは、華を女として見てないんだ…。
只の友達・・。
ねぇ?しゅう…華は女のコだよ…。
「帰るねっ☆」
そう言うのが精一杯だった。2005-06-09 12:06:00 -
32:
『来たばかりなのに』
と言うしゅうに華は、
「ゴメンね☆」と言い
振り返らずに靴を履くと部屋を出た。
ドアをしめるとその場に座りこんだ。
“しゅうは、華の気持ちを知らない…だから仕方ない…。それに、友達という
【カタチ】を選んだのは華自身だもん”
ーだから今はまだ…泣けないー2005-06-09 12:07:00 -
33:
待ち合わせは夜8時。
しゅうが海へ行くと、郁は先に来て待っていた。
『ゴメン待った?』
ノートに書いて見せると、郁は笑って言った。
「今来たとこ☆始めよっ」
花火に火を付ける。赤や緑に光る花火は相変わらずキレイだ。2人は花火の光で宙に文字を書いてはしゃいだ。2005-06-09 12:08:00 -
34:
線香花火に火を付ける
「…ねぇ、柊君は…死後の世界って信じる?」
唐突でびっくりした。よく笑う郁からは想像つかない発言だ…。
流みたいな事を言う。
流はよく夢を見るそうだ。キラキラしたクリスタルの森。大きな林檎の木。
そして…
大切な誰かとサヨナラした夢・・・。
流はよくその話をしゅうにした。2005-06-09 12:09:00 -
35:
そんな事考えた事もないし、そんな風に聞かれたのも初めてだったけど
『俺は…信じるかな』
と言った。流の影響かな?郁は涙声で言った。
「私、一年前に…大切だった人を亡くしたのね。」
しゅうはだまって聞いた。郁が淋しそうに笑う。
「救ってあげれなかった…。私まだ…彼に縛られてるのかもしれない…」
線香花火がポトっと静かに落ちた。2005-06-09 12:10:00 -
36:
「柊くんと同じ名前だったよ…。彼は“秋”だから漢字は違うけどね。雰囲気もそっくりで…びっくりしちゃった。」
しゅうは【ズキン】と胸が痛かった。
郁が自分に向ける笑顔も、自分を呼ぶ声も、自分を擦り抜けていたのか?
郁が見ていたのは…自分に重ねた、秋の幻・・・?
それなら残酷すぎる…。
郁は何かを言ってたけど、耳には入らなかった。2005-06-09 12:11:00 -
37:
この時初めて、しゅうは郁を女のコとして見ている自分に気付く。
でもまだ引き返せる。
まだ恋じゃない。
しゅうは、そう思うしかなかった。
そして、郁の鎖は郁にしか外せないと思った。
郁はしゅうにこの話をした真意を伝えたが
その時のしゅうには、耳に入らない。しゅうは大切な事を聞き逃した。
そして2人はすれ違う。2005-06-09 12:12:00 -
38:
郁が最終のバスに乗った後、しゅうは一人海に居た。どうしても帰る気にはなれなかった。
ボーっとしていると、ぼんやりした光が目に入った。ふと見ると、
ロウソクを乗せ、特別な紙で作られた小船を海に流す人がちらほら居た。
ーそう言えばお盆も終わりだー2005-06-09 12:13:00 -
39:
小舟を海に流すのは、この村に昔から伝わる行事…
【黄泉送り】
お盆には死んだ人の魂が帰ると言う…。
お盆が終わる頃、魂を小舟で海に帰すらしい。
秋と言う人もまた、
郁の元へと帰っているのだろうか…。
参った。死んだ奴に勝てる訳がない・・。
自分の気持ちも、あの小舟のように…溶けて無くなればいいのに…。2005-06-09 12:14:00 -
40:
初めての感情は、自分が自分じゃない程に女々しく…そして・・。
滑稽だった。
決して叶わない…。
郁への気持ちは恋なのか?
これが恋なら…
こんな気持ちになるのなら、知らない方が…気付かない方が良かった。
誰もがそう思うのだろうか…。2005-06-09 12:15:00 -
41:
いつまでもこんなとこに居る訳にもいかず、家に戻ると、いつもの三人が集まっていた。
「どこ行ってたん?」
渉が言った。
「分かった!海だ☆」
華の言葉に笑顔で
【こくん】と頷いた。
渉と華はどうやら仲直りしたらしい…。
楽しい。友達が居ればいい…。だけどその気持ちとは裏腹に、
認めたくなかったが、郁の事が頭から離れない自分が居た。2005-06-09 12:16:00 -
42:
しゅうはいつもより早いペースで酒を飲む。
華は複雑な顔だ。
しゅうは、華の異変に気付かなかった。
いつもと違うしゅうの様子で流は
【何かあったのか】と悟ったようだったが。
渉と華の手前、黙って飲んだ。2005-06-09 12:16:00 -
43:
しゅうは久々に潰れ、寝てしまった。
【…郁…】寝てる時ですら頭の中に郁が居る。楽になる事はないのか…。
眠るしゅうの唇に何かがそっと触れた…。
・・・が。
しゅうは何も知らず眠る。華は真っすぐにしゅうを見つめた。
…朝になり、空き缶の転がる部屋で目を覚ます…
珍しく、誰も居なかった。“昨日のは…夢?”華の行動は【夢】としてしゅうの中に残った。2005-06-09 12:17:00 -
44:
しゅうは、あのバス停に向かう。いつもの約束の場所・・・。
ふと考える…このノートの空白が無くなった時…、俺と郁はどうなるのだろう?
きっともう会う事は無いのだろう・・・。
そんな気がした。
バス停には郁が居た。
何だかいつもと様子が違う。2005-06-09 12:18:00 -
45:
‥‥郁は泣いていた。どうしたの?といくら聞いても、郁は首を横に振るだけだった…。
泣きじゃくる郁の姿が、痛々しくて、しゅうは郁を抱き締めた。
「柊君…しゅ…う君」
郁は両手をしゅうの背中に回し、泣きながら何度も…何度もしゅうの名前を呼んだ。
このまま郁の心を奪い去れたら、どんなにいいだろう‥‥けど出来る訳がない。そうだろ?
分かってる。分かってるよ。どんなに望んでも郁は幻を見続けるんだろ…。2005-06-09 12:19:00 -
46:
郁は何も話さない‥‥そしてしゅうもまた、何も聞かなかった。
重い口を開いた郁から出た言葉は・・・。
「帰りたくない」だった。
・・・・。
しゅうは少し考えた後
『うちに来る?』
と言うと、郁は静かに頷いた・・・。2005-06-09 12:20:00 -
47:
郁はまだ泣いていて、しゅうの横を下を向きトテトテ歩く。
海沿いの道は昼間という事もあり、車の通りが少しあったから、郁を内側に歩かせた。
並んで歩くと、少し手が当たった。そんな事でもドキドキしていた。不覚だ…。
歩く早さが違うので、郁がしゅうの服のはじをそっと掴んだ。2005-06-09 12:21:00 -
48:
しゅうは、その小さな小さな郁の仕草に気付いた。
“郁は今…俺を頼りに歩いてる…”
そんな気がした。
立ち止まって、振り返り郁を見る。郁は【ぱっ】とスソを離した。
“やっぱ…子供だ”
しゅうは【クスッ】と笑った。
ー秋の代わりでも…構わないー
しゅうは郁の手を強く握る。2人は歩き出した。
お互い下を向きながら…。2005-06-09 12:22:00 -
49:
郁もしゅうも何も話さない・・・。
手を繋ぎ無言で歩く。
何度も歩いた海沿いの道なのに、とても長く感じた・・・
あの日、初めて会った雨の日のバス停を思った。
あの時の無言とは、全てが違う。
海がキレイ…風に舞う葉っぱがキレイ…空が‥‥キレイ。
そして初めて思った。
ーこのまま…時が止まれば…いいとー2005-06-09 12:23:00 -
50:
部屋に上がると郁は、【チョコン】と座った。
緊張してるのか、キョロキョロしている。
冷蔵庫から缶ジュースを出し、郁に渡した。
「ありがとう☆」
その日初めて郁が笑った。『やっぱり郁は笑った顔が似合う』
そう言って笑うしゅうを見て…ふいに郁が抱きついた。
ノートがしゅうの手から静かに落ちた…。
その日…初めて女のコに触れた‥‥。愛しさで、涙が出るなんて…知らなかった。2005-06-09 12:24:00 -
51:
俺の隣に今…郁は居ない。
【サヨナラ】とだけ書かれた紙を、俺はまだ捨てる事が出来ないんだ…。
ねぇ…郁‥‥。
郁は今、何を思ってる?
花のように笑ってるかな?…それとも‥‥今も一人で泣いてる…?
ねぇ郁…。あの時みた幸せは、
郁がくれた…夢…?
神様…お願いだから…俺から郁を奪わないで‥‥。
ーしゅうはその日…初めて泣いたー2005-06-09 12:25:00 -
52:
《真実》
郁は喉の渇きで目を覚ました。まだ真夜中…。
となりには、しゅうが眠る。郁はしゅうの頬にキスをした。服を着るとしゅうを起こさないように、飲み物を買いに外に出た。
ふと海が見たくなり、海岸に行くと、誰かが郁に声をかけた‥‥。
『あなたが…、郁ちゃん?』
キレイな女のコ…。どうして私を知ってるのだろう?郁が不思議そうに見ると、【クスッ】と笑った。
『何でっ?て顔ね…あなたがしゅうの部屋から出てくるのが見えたの』
「あなたは?」
『アタシは華。しゅうの幼なじみなんだ』
「初めまして。郁です」郁は【ぺこり】と頭を下げた。2005-06-09 12:25:00 -
53:
『流から聞いたんよ、あなたがしゅうの心に入りつつあるってね』
郁は黙っていた。
『あなた前の彼が忘れられないんだって?しゅうを彼の代わりにして満足?』
郁は口を開こうとして【はっ】とした。
華は泣きながら言った
『アタシはっ…しゅうをずっと見てきた…』
郁は息が詰まりそうだった。この人は…今、自分の目の前に居る女性は…プライドを捨ててまで、柊を想ってる…。
『お願いっ…しゅうを‥‥取らないでっっ』華は両手で顔を押さえ、その場で泣き崩れた。
郁は【ぐっ】と唇を噛み…目を閉じると静かに頷いた。2005-06-09 12:27:00 -
54:
郁は部屋に戻ると、小さな小さな紙に
【さよなら】とだけを書き、幸せそうに眠るしゅうを見つめ…部屋を出た。
バス停で始発のバスを待つ‥‥。ぐるりと改めてバス停の中を見渡した。
思い出が溢れて回る…
あの雨の音を…しゅうの横顔を…戸惑った姿を…。
自分に向けた優しい…笑顔を・・・。
【ポタッポタッ】郁の握りしめた手に涙が落ちた
「ひっく…ひっ…ひっく…しゅ…うくん…」
ーこんなハズじゃなかった…ー2005-06-09 12:27:00 -
55:
その時から、しゅうはまるで脱け殻のよう…。
次の日、華はしゅうの部屋を訪れた。
【今ならば・・・・】…分かってる。華はやっちゃいけない事したって…。しゅう…ゴメン。でも、
ーしゅうは渡さないー
華は虚ろにうなだれ、座るしゅうにキスをした。
しゅうは反応しない。彼の目はただただ…孤空を描くだけ‥‥。彼の瞳は郁の幻をうつすだけ…。華は愕然とした。
「そんなに…あのコがすき?」しゅうに反応は無い。冷たい瞳からは涙が出るだけだった。華は現実を目のあたりにし、黙って部屋を出るしかなかった。
しゅうは出ていく華を見なかった。うなだれたまま…。2005-06-09 12:28:00 -
56:
愚かだった‥‥。
柊から郁を遠ざければ、手に入ると思った。
郁の幻を追う彼は、華にとって、手の届かない遠い存在となった。
しゅうの気持ちが初めて理解できた気がした。
今のしゅうと同じように、幻を追う郁の姿…
しゅうにとって、目に映る全てが酷だっただろう…
その現実を乗り越えたしゅうに、郁を失う事で開けた穴はきっと…
絶望するには十分で、その苦しみは、自分の想像を遥かに絶するのだろう。全てが間違っていた…今ごろ気付いても‥‥…もう遅い。
ー私は愚かだー2005-06-09 12:29:00 -
57:
《華の心》
あの日…、偶然海に居た華は、見てしまった。
郁としゅうが楽しそうに…花火をしているのを。
しゅうの隣には自分以外の女のコが居る…。
そんな事よりも、知ってしまった。
郁が、しゅうの先に幻を見ている事を…。
それでも、しゅうが郁を選んだ事が・・。許せなかった。…だから壊した。
だけど罰って受けるんだな。分かってるの…郁ってコが悪いんじゃない…。
だけど…しゅうが自分に笑いかける事は、きっともう無いだろう。そして渉もまた自分から離れて行くだろう。
華が家に入ろうと渉と擦れ違った瞬間、2005-06-09 12:31:00 -
58:
渉が華の腕を掴んだ。
「離して‥」
『嫌だ‥‥!』
「離してぇ!!」渉は華の腕をひっぱると、自分の胸に抱き寄せた。
「…離し‥‥てぇ…」渉は首を強く横に振った。
「どうしてよぉ…」華は最低だと言ってくれた方が楽だと思った。だけど、本当は分かってる。渉は華を手放したりはしない事を
華は渉の自分への気持ちを知りながら、ずっと目を背けてきた。
渉は泣きじゃくる華にキスをした。ふいに、しゅうの顔がよぎった…。華はそのまま静かに目を閉じた。2005-06-09 12:32:00 -
59:
《繋がった心》
長い長いキス。
渉が華の肩に両手をかけ、【ぐいっ】と離すと
『やっぱ照れるわ…』と下を向き笑った…。「渉…あたし…」ふいに渉の手が華の口を塞ぎ、言葉をさえぎった。
『今はまだ、心にしゅうが居てもいい…。でも』
渉は真直ぐ華を見た。『絶対俺が一番になるから』
「…わた…る」
下を向き泣く華の頭を渉は優しく撫でた・・。“渉…たくさん傷付けてゴメンなさい…。少しだけ、あなたの優しさに…甘えてもいい?”
『華…おいで…』渉は両手を広げると華を優しく包んだ…2005-06-09 12:33:00 -
60:
ふいに渉が華に聞いた
『華…後悔した?』
華は壁にもたれたまま、【ズズズ】とその場に座り込んだ、
「…したよ…。」ぽつりと涙声でそう言うと、腕の中に顔を埋めた。
『じゃあ、行こう!』
「えっ?行くって何処に…」
渉は華の腕を引っ張った
「ちょっ…渉!?」
『いーから!今俺らが出来る事、やろう!!』渉はそう言うと華の腕を掴んで走り出した。
“アタシらが、今出来る事?”2005-06-09 12:34:00 -
61:
《流と林檎の木》
朝早く、まだ日が昇らない程早く流は、あの場所に行く。大きな林檎の木…。
毎日流は同じ夢を見る。だけど
思い出せそうで、思い出せない…。何故この場所はこんなに落ち着くのだろう?
流は不思議だったが
誰かが自分を守ってくれている事だけは感じた。
ー流はきっとこの先も、あの遠い記憶を思い出す事は無いだろう…ー
流は歩きだした。ふいに何かを感じ振り返った…。『あ…!』2005-06-09 12:35:00 -
62:
渉は華の手を握り歩いた。時計を見ると、7:45‥‥。
“間に合った・・・”『渉…ここ…』そこにあったのは
ーあのバス停ー
渉は華を真直ぐ見つめた。華は渉の手を強く握り【こくん】と頷いた。
“今アタシが…出来る事”
“有難う渉。渉が導いてくれなかったら…アタシ、もっと後悔する所だった”2005-06-09 12:36:00 -
63:
【ぐっ】と覚悟を決めバス停の中に入る。
「華さん‥‥」郁はびっくりしていたが、華に向けて笑ってくれた。
華は愕然とした‥‥。“アタシがあなた達を引き離したのに…”
ふいに泣きそうになる。
“しゅうは彼女のこういう優しさに、ひかれたんだろうな。勝てる訳がない”
そして華はゆっくり口をひらいた…。
『郁ちゃん。聞いてほしいの・・・』2005-06-09 12:37:00 -
64:
しゅうはぼんやり座っていた。感情がマヒしてる。自分が自分じゃないような…俯瞰で見る感覚。
【バンッ!】とふいに部屋のドアが開いた。
渉が息を切らして前に座り、しゅうの肩を揺らした。
「郁ちゃんが…」しゅうの手がピクッとした。
『もういいんだ…』
「郁ちゃんが、お前に…バス停に来てほしいって!!」
『…!!!』しゅうは立ち上がると走って部屋を飛びだした。2005-06-09 12:38:00 -
65:
走り出すしゅうを、華は後ろから見送る。
「しゅう!!ゴメンなさい!!」後ろから叫ぶ華に、しゅうは振り向き笑った。
『華、頑張ったな』渉が華の頭を撫でた。
2人でしゅうを見送る
「渉、帰ろう」華が渉の手を強く握った。渉も華の手をしっかり握る。
『…おう!!』歩き出す時、華は一瞬振り返った。
『華?どしたん?』
「なんでもな〜い☆さぁ、飲むぞー!!!」
『え゛…朝から??』【ヤレヤレ?困った姫さんだ】
ーしゅう…有難う…。大好きだった…。バイバイー2005-06-09 12:39:00 -
66:
“郁‥郁っ!!”
バス停の前に立つ。手を伸ばせば…郁が居る…。
深呼吸をし、バス停に入る・・・。
…そこに郁の姿はなかった…。郁が居ただろう場所にあるのは新品のノートだけ“・・・・”
しゅうは、ペラペラとページをめくった。ページは白でうまっている…。
その時【パサッ】という音と共に、しゅうの足元に何かが落ちた。
“…手紙‥‥?”2005-06-09 12:39:00 -
67:
しゅうは波打ち際の岩場に座り、手紙を開く。
そこには初めて知る郁の気持ちが溢れていた。
俺にひかれ、秋という人を忘れてしまう自分への戒め。…そして…
あの日しゅうが、『泣かないで』と郁に言った言葉は、秋という人の最後の言葉だったそうだ。
彼はその言葉を残し、郁を残して一人旅立った。
最後に郁は俺への手紙を、こう締め括っている。
【あなたへの想いは決して秋の代わりではなく…嘘は無かった。傷付けて…ゴメンなさい】と…。しゅうは静かに目を閉じ、封筒に手紙をしまおうとした。
“…あ‥‥”
まだ何か入ってる。
【それ】を手に取ると、柊はクスッと穏やかに笑った‥‥。2005-06-09 12:40:00 -
69:
いつもの3人が集まる
あれからも、その関係は変わらない。
ただ、あれから何が変わったかと言えば‥‥。
「あ、ねぇ…しゅう!動いたっ…!!」
華が幸せそうに笑う。
『俺に似ればいいなー』大きなお腹をさすり言う。
「ばかっ!渉に似たらぶっちゃいく決定だよ!」
“華…言いすぎだよ?”
「絶対女の子がいい」
そう…。あれからすぐに、華と渉は結婚した。2005-06-09 12:42:00 -
70:
華のお腹には今、小さな命が宿ってる。
俺達は二十歳の夏を迎えようとしていた。
流はというと、
相変わらず林檎の木を見上げる日々だ…。
挙げ句の果てには木登りまでしてるらしい…。
理解に苦しむ?2005-06-09 12:43:00 -
71:
最近では、林檎の木の根元で拾った子猫に夢中。
名前はウリエルだそうだ。
いつも一緒のメロメロぶり…。親バカだね…?
そう言えば、流に一本取られた事が今でも悔しい。2005-06-09 12:44:00 -
72:
俺はと言うと…。
【プルルルル‥‥】
『…うん。…分かった。あそこで‥‥』
あの小さなバス停で、俺は‥‥愛しい人を待つ。
バスが止まり走り去った
「柊…会いたかった」
真直ぐに俺を見つめて泣く女性を、力一杯抱き締めた。
あのノートはもういらない。
『郁…愛してる…』2005-06-09 12:45:00 -
73:
あの日、郁から受け取った封筒には、携帯が入っていた。
声が出るようになれば、電話してこいってメッセージ…。
後から聞いた話によれば、流のアイデアだそうだ。
そうでもしなきゃ、俺が努力しないから…だってさ。
やられた?2005-06-09 12:46:00 -
74:
郁は秋を忘れなかった自分を責めてたけど
関係ないよ…。
忘れなくていい。郁が忘れたら、秋という人が生きていた事が消えてしまう気がするから…。
俺は全部ひっくるめ郁を愛する事に決めた…。
人を愛するってそういう事だと思うから。
今年は2人できっと…
ー月明かりの下…あの小さな船を浮かべるだろうー2005-06-09 12:46:00 -
76:
読んで下さって有難うございました?
女同士のプライド。誰かを好きだと知りながら、愛する気持ち。好きな気持ちは時に狂気に変わる事。
自分の気持ちをいっぺんに詰め込めた気がします?
ありがとうございました?2005-06-09 12:48:00 -
78:
名無しさん
やっぱ何回読んでもいい泣
2005-06-17 07:27:00