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【おじいちゃん】
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1:
あゆ
2003年12月15日
大好きなおじいちゃんが天国へと旅立ちました。
もうすぐ1回忌。
気持ちにけじめをつけたくて、おじいちゃんへの想いをこの小説にたくします。
(旧掲示板コピペ)2006-01-02 01:57:00 -
2:
あゆ
ママは19歳で白石繁雄の次男のもとへお嫁に来ました。パパのお兄さんは20歳とゆう若さで他界していた為パパが代々続く白石家と白石産業の後継ぎでした。おじいちゃんはまだ若かったママを時には厳しく、時には優しく、とてもかわいがったそうです。
その白石家の長女、おじいちゃんの初孫として生まれたのが私、
愛結華です。この名前はおじいちゃんが名付けてくれました。愛らしさと華やかさを結んだような女の子に育って欲しい…
そう願いを込めて。2006-01-02 01:59:00 -
3:
あゆ
おじいちゃんは地元では有名な実業家。組合の理事長や地域の自治会の会長を務めたり、あゆが幼い頃から家には毎日のようにおじいちゃんに様々な相談をする人達が来ていました。
おじいちゃんはいたる所にあゆを連れてまわっていたといいます。物心つく頃にはおじいちゃんの寝室でおばあちゃんと3人、川の字で寝ていました。2006-01-02 02:00:00 -
4:
道を歩けばすれ違う人がおじいちゃんに挨拶をする。 今思えば本当に偉大だったんだと改めて実感します。 あゆが名前を尋ねられ『白石愛結華です!』と答えると決まって言われる言葉が「白石繁雄さんとこの?あゆちゃんのおじいちゃんすごい人だよねえ。」
2006-01-02 02:01:00 -
5:
そう言われるのがいつも嬉しかった。習いごとはスイミングにピアノにお習字にそろばんにフィギィアスケート。送り迎えはいつもおじいちゃん。あゆはおじいちゃんが大好きで仕方なかった。小学校の入学式は来賓としておじいちゃんが出席、祝辞ものべた。記念写真の前列に並ぶおじいちゃんの後ろで嬉しくて微笑むあゆの姿を見るとあの日どれだけ嬉しかったかがよくわかる。
2006-01-02 02:02:00 -
6:
小学生のあゆは1年生から6年生まで学級委員をし、勉強も1番、スポーツも1番のまさに優等生そのものだった。
1番大好きだった水泳は出場する大会は全て優勝。大会新記録まで残し、当時の新聞にスーパー小学生として記事にもなった。
あゆの隣にはいつもおじいちゃんがいた。いつも優しい笑顔であゆの活躍を喜んでくれていた。おじいちゃんの期待に答える為にあゆは何をするにも頑張った。いつのまにか周囲からは1番が当たり前と思われるようになった。2006-01-02 02:03:00 -
7:
おじいちゃんの10兄弟の三男。長男、次男、長女、次女はすでに他界し残った6人の1番上の存在だった。 あゆの実家のまわりには白石家がたくさんある。おじいちゃんの兄弟や甥や姪の家。その人達への目をあゆはまの凄く気にしていた。あゆのママがそうだったから。白石家本家の孫やから。
運動会には白石家一同が集まる。あゆがリレーで転んだりしないか、100メートル走で1位になるかママはいつもヒヤヒヤしていたとゆう。2006-01-02 02:03:00 -
8:
小学校の卒業式にもおじいちゃんは来賓として参加した。あゆは卒業生代表として答辞を読んだ。6年間の色んな思い出を思い出して涙がとまらなくて途中つまりながらも何とか読み終える事ができた。おじいちゃんの顔を見ると泣いていた。初めて見る泣き顔。帰宅後おじいちゃんに精一杯誉められた。辛い事だらけだったけど頑張ってきてよかった。心底そう思えた。応接室にはたくさんの賞状やメダル、トロフィーを飾ってくれて、それを誇らしげに毎日かかさずおじいちゃんは見ていた。絵に描いたような優等生やった。
2006-01-02 02:08:00 -
9:
中学入学前の春休み。 あゆは変わった。プレッシャーから解き放たれて遊びまわるようになった。6年間頑張りすぎてた為、そのストレスを発散したかった。髪の毛を茶色に染めて中学の入学式に行った。ママに対しては反抗しまくった。入学式の日から目立っていたあゆを先輩達は放っておくはずがない。ヤンキー達に毎日のように呼び出された。あゆは負けず嫌い。何を言われてもひるむ事なく対抗した。殴られたら殴り返した。 そんなあゆの根性を知って先輩達はだんだんあゆをかわいがってくれ始めた。
2006-01-02 02:09:00 -
10:
その後朝まで暴走したり、さんざん遊んで家に帰ってすぐ中学に行く毎日。睡眠は授業中。ひどい時には保健室で仮病を使って爆睡したりもした。
だけどあゆはよくばりな完璧主義者。勉強も部活もスイミングも遊びもパーフェクトにこなした。まわりの友達にはいつも「あゆって不思議やなぁ」って言われていた。
これはおじいちゃんの影響だと思う。この頃のあゆはまだまともな範囲だったはず。
あゆが全てを投げ出すきっかけになる出来事が起こった。
担任からの暴力。 あゆは爆発した。担任の授業には一切出席しない事にした。2006-01-02 02:12:00 -
11:
遅刻、早退当たり前。給食だけ食べて帰る。夜は集会へ参加。特効服まで来て行った。 まともに学校に出るのはテストの時と部活の時間だけ。 あゆの噂は一気にひろまった。ママは毎日泣いていた。おじいちゃんはそんなあゆを怒る事などなかった。どんな気持ちだったんだろう。きっとショックやったに違いない。 スカートを短くしてルーズソックスで登校すると門の前で生活指導に注意される。「名前は?」『白石愛結華』そう答えると何も言われない。おじいちゃんの孫の特権だった。 水泳は順調で全中、国体にも出場した。
2006-01-02 02:13:00 -
12:
水泳部のエースだったあゆは顧問にもたくさんかばってもらった。中学2年 あゆはますます荒れた。タバコを吸っている現場を見られて何回も補導された。いい加減パパが怒るようになった。そんなの関係ない。好きな事だけしていた。今思うと最低だった。進路についての面談が始まった。テストの成績はいいけど出席日数が多いから内申はかなり悪いらしい。 おじいちゃんは進学校への受験を提案してきたけど、断った。
2006-01-02 02:15:00 -
13:
もう真面目な優等生になるのはまっぴら。
ランクをひとつ落とした学校の進学クラスを受験する事にした。万が一に備えて、おじいちゃんは後輩の政治家に合格するようにコネを使ってくれた。
あゆは遊びながらも必死に勉強した。絶対トップで合格したい。おじいちゃんの為に。 合格発表の2日前に合格がわかった。トップでの合格だった。やっと勉強から解放され自由になれた。
あゆの遊びは、はどめが効かなくなっていた。無免での運転。暴走族の彼氏がいたから単車の後ろに乗って走り回ったり。喧嘩もたくさんした。それも半端じゃない。2006-01-02 02:16:00 -
14:
停学中は毎日の出来事を作文にしないといけない。そんな事あの時のあゆがするはずなんかない。前にもまして遊びほうけた。
たまたま家に帰った日 パパに思いっきり殴られた。体中あざだらけになる程。それをきっかけにあゆはパパを拒絶し、一切話す事を辞めた。そして家を出た。彼氏の家に居候した。毎日が楽しかった。大好きな彼と毎日一緒。彼のヤンキー仲間と毎日パチンコしたり、酒をあびる程飲んだり。完全にあゆは破滅していた。でもシ○ナーや薬だけには手を出さなかった。それは今でもよかったと思ってる。2006-01-02 02:19:00 -
15:
目に涙を浮かべて「愛結華、もういいやろ?これ以上家族に心配も迷惑もかけるな。自分を大切にしろ!今のままじゃきっと後悔する日が来る。夢を見つけろ」この言葉はあゆの心に響いた。その後、おばあちゃんがこっそり言った。「あゆちゃんがいてない間、おじいちゃんは毎日、あゆちゃんの小さい頃の写真見ては思い出話してたんよ。この頃のあゆはどこ行ってしまったんかなあって。夜、布団に入ってこっそり泣いたり、1日何回もお仏壇に手を合わせたりして、あゆちゃんの帰り待ってたんよ。それからおじいちゃんな、組合の理事も会長もやめてんよ。
2006-01-02 02:21:00 -
16:
自分の孫の管理もできひんのに人様の上にはたたれへんって」 あゆは目が覚めた。おじいちゃんがしてきてくれた事全て思い出して、これ以上苦しめるのはやめようと心に誓った。
次の日から猛勉強を始めた。学校に行ってなかった分の授業を取り戻す為に。スイミングにも復帰した。今まで以上に練習した。無期停学中のあゆは早く学校に行けるよう毎日しっかり反省文を書き、これからの意志を強く宣言した。異例の1ヵ月とゆう早さで停学が開けた。
それからは毎日真面目に学校に行き授業もしっかり聞いた。夢はまだ見つける事はできなかったけど。2006-01-02 02:22:00 -
17:
インターハイにも出場した。先生がびっくりする程あゆは変わった。パパもママもみんな喜んでいた。今まであゆがしてきた事の中で1番嬉しい。そう言ってもらえた。
あゆは将来の事を考える時期に来た。メイクの道に進みたい。そう決定した。たくさんの大学から推薦の話が来てたけど全て断った。ママは納得がいかない様子やったけど、夢をみつけたあゆをおじいちゃんは凄く誉めてくれた。ヘアメイクの専門学校を受験した。お金さえ払えば誰でも入学できるとけやから。2006-01-02 02:23:00 -
18:
メイクの専門学校は予想以上に難しかった。メイクなんて一切させてくれず、デッサンやデザイン画の繰り返し。絵には自信あったあゆよりも上手い子はたくさんいた。 初めて人に負けを認めた。 初めての挫折。選んだ道を間違えたのかと思った。1ヵ月後 水商売を始めた。ただ興味があったから。学校に行きながらの仕事はとても辛かった。
ある日… あゆは原付に乗っていて交通事故にあった。 この事故はあゆの運命を変えた。 意識不明の重体 こうテレビや新聞に出た。2006-01-02 02:24:00 -
19:
普通の人なら絶対に死んでいる事故。 頭蓋骨骨折、脳挫傷、脳内出血、頸椎捻挫、歯槽骨欠損、上顎骨骨折、全身打撲、などたくさんの怪我をした。1ヵ月間寝たきりの生活を送った。とにかく辛かった。たくさんの人がお見舞いに来てくれた。 みんな最初驚いてそして泣く。あゆは不思議だった。その意味がわかったのは車イスに乗って一人でトイレに行って鏡を見た時。あゆは失神するかと思った。目のまわりは真っ黒のうちみ。口角には目立つ縫いあと。鼻は曲がってる。ホラー映画に出てきそうな顔をしている。
2006-01-02 02:24:00 -
20:
くっきり二重だった目は腫れとむくみで一重になってる。あゆの顔はこんなんじゃない。 涙も出なかった。加害者が許せなかった。 会社のトラックに乗っていて急いでて信号無視をしてあゆに突っ込んだらしい。あゆは体を10メートル飛ばされ頭から落ちた。原付はひねったように曲がっていた。現場の道路は血まみれだったらしい。この事故で1番腹をたてたのはおじいちゃん。おじいちゃんはすぐに弁護士を手配して加害者側とあゆの接触を一切断ち切ってくれた。 入院は6ヵ月に及んだ。
2006-01-02 02:25:00 -
21:
今まで苦労させて、そのうえ交通事故で心配かけたから学費と在学中の生活費は自分で出したかった。入試まで勉強しながら、風俗の仕事に足を踏み入れた。できるだけ貯金する為にわりきった。親や姉妹、何よりおじいちゃんの顔が見れなかった。罪悪感でいっぱいだった。家を出て一人暮らしを始めた。実家にはお盆とお正月以外帰らなかった。とゆうより帰れなかった。 その頃からおじいちゃんの体の調子はおかしくなっていた。 眼底出血とゆう日本には治療法のない病気でだんだん視力が落ちていき右目を失明した。
2006-01-02 02:27:00 -
22:
左目の視力も低下し、失明も時間の問題だと言われた。あゆは目が見えるうちにいっぱい色んな所に連れて行ってあげたかった。でもおじいちゃんは外出を嫌がった。プライドが許せなかったんだろう。それでもおじいちゃんを頼ってくる人は多かった。 しばらくして あゆは妊娠し、結婚した。看護婦の夢を捨ててお腹に宿る命を選んだ。おじいちゃんはとても喜んでくれた。「看護婦はいつでもなれる。でもあゆのお腹におる子供は今しか産めない。」できちゃった結婚とゆう順序の違う結婚でも怒る事なく祝福してくれた。
2006-01-02 02:28:00 -
23:
結婚式は白石家のしきたり通りした。家で打ち掛けを来て式場に来れない人に披露する。玄関の前で親に挨拶をし、式場まで迎う。支度ができあがってすぐにおじいちゃんの所に行った。涙が止まらなかった。おじいちゃんは「きれいやなあ。おじいちゃん嬉しいわ。絶対幸せになれよ。あゆは南條家に嫁に行くんや、白石を捨てる覚悟でいかなあかんで、わかったか?」そう言われた。あゆは「わかりました。おじいちゃん、今までありがとうございました。おじいちゃんの孫で幸せでした。愛結華とゆう名前をありがとう。」そう言って頭を下げた。
2006-01-02 02:29:00 -
24:
式では泣きっぱなしだった。あゆもおじいちゃんも列席してくれたみんなも。たくさんの人に祝福されて1日が終わった。今日こうしてこの日が迎えられたのも両親はもちろんの事おじいちゃんがいたから。大切なかけがえのないおじいちゃんが。感謝してもしきれない。おじいちゃんが大好き。
2006-01-02 02:31:00 -
26:
あゆが沖縄に来て半年後、おじいちゃんは入院した。初期の咽頭癌だった。すぐにかけつけたあゆに「遠くからわざわざ帰ってこなくていいねん。おじいちゃん大丈夫やから。早く帰れ」と、言った。手術すれば大丈夫と聞いて安心して帰った。その後、退院したおじいちゃんは前のように元気になっていた。あゆは毎日おじいちゃんとの電話をかかさなかった。2度目の妊娠、出産で曾孫を見せる事ができた。おじいちゃんはそれはもう喜んだ。かわいがってくれて紗華と杏愛の写真を部屋に飾っていた。二人の子供の名前の字はあゆからとっている。
2006-01-02 02:33:00 -
27:
おじいちゃんがつけてくれた名前を残したかったからだ。それにも喜んでくれた。海輝が産まれた頃、またおじいちゃんは入院した。今度は肺癌。これも初期だったので助かった。 お盆に実家に帰った時、夜中、おじいちゃんの咳をする声が響いていた。慌てて行って見ると、洗面台にうずくまって青白い顔をしている。洗面台は吐血した血で真っ赤になっている。すぐにパパを呼び救急車で病院に運ばれた。胃癌。そう医師に言われた。
2006-01-02 02:33:00 -
28:
『だいぶ辛かったとおもいますよ。でも手術をすれば大丈夫です。』その言葉に少し安心した。おじいちゃんはだんだん痩せていった。
この手術をきっかけにほぼ寝たきりになってしまった。 3ヵ月後に退院したけど介護ベットでの生活。おじいちゃんの体力は日に日に衰えていっていた。お風呂もひとりでは入れなくなりヘルパーさんに来てもらっていた。
あゆは家庭があり沖縄とゆう離れた所にいるし、子供がいるから、頻繁にはおじいちゃんの所には帰れない。 でも心配だった。
また具合が悪くなり入院した。2006-01-02 02:34:00 -
29:
今度の入院は壊疽。壊疽なんて言葉聞いた事がなかった。ママから聞いて全身が硬直した。 おじいちゃんの足の指が腐って小指はほとんどない状態になっている。
2006-01-02 02:36:00 -
30:
もう2度と自分で歩ける事はないらしい。 壊疽は寝たきりのお年寄りがなる病気で血液の循環が悪いのが原因。同時に床ずれを起こす事もあるそうだ。 あゆはすぐに大阪に戻った。
2006-01-02 02:36:00 -
31:
急いで病室のドアをあけると丁度、主治医の回診中だった。おじいちゃんの足を消毒していた。『痛い、痛い』弱音を吐く事を絶対しなかったおじいちゃんが苦痛で顔を歪めて叫んでいる。足を見たあゆは言葉がでなかった。真っ黒になって原型をとどめてなかった。何でこんなおじいちゃんがくるしまなあかんの?辛くて涙が自然に溢れでる。病室にいたおじいちゃんの妹は「見てられへん」って外に出て泣いていた。
2006-01-02 02:38:00 -
32:
また自宅での生活になった。毎日おじいちゃんの妹、親戚が来てくれていた。そんなある日…おじいちゃんが夜中ベットから落ちて頭を打って救急車で運ばれた。誰もいない間に一人でトイレに行こうとして落ちたらしい。足の痛みがなくなって歩きたいと思ったんだと思う。おじいちゃんはおしめをすごく嫌がっていたから。衰弱してもプライドを守り通そうとしているおじいちゃんを思うと胸が痛かった。おじいちゃんにとってこれが最後の入院となる。
2006-01-02 02:40:00 -
33:
頭を打った衝撃で脳梗塞になり何もかもがわからなくなってしまった。完全看護の病院だけど毎日交替で誰かが泊まりこんで看病した。幸い、脳梗塞は完治した。また3ヵ月がたち病院にいれなくなったおじいちゃんは老人ホームに入る事になった。
2006-01-02 02:41:00 -
34:
少しづつだけど話ができるようになったから、老人ホームでお友達を作って楽しむ方がおじいちゃんにとっていい事だとパパが決めた。それから半年間は何もなくすごせた。車椅子だけどホームのお庭で太陽を浴びたり、同じホームの人と喋ったり。妹が送ってくれた写真には笑顔のおじいちゃんがいた。あゆは安心しきっていた。杏愛の病気の事や妊娠していた事もあり、しばらく帰らなかった。おじいちゃんの様子はママから聞いていたから。
2006-01-02 02:42:00 -
35:
半年ぶりに大阪に戻った。久しぶりに見るおじいちゃんは痩せほそっていた。目もほとんど見えなくなっていた。でもあゆの声を聞くと笑ってくれた。だけど辛かった。骨と皮みたいな体になっていた。あゆに心配をかけまいと笑った顔はしんどそうだった。あゆは毎日おじいちゃんに会いに行った。少しでもおじいちゃんのそばにいたかったから。
2006-01-02 02:43:00 -
36:
2ヵ月後には妹の結婚式がせまっていた。あゆと同じできちゃった結婚。また2ヵ月後にはおじいちゃんに会える。それを楽しみに沖縄に帰った。 2ヵ月後 妹の結婚式が行われた。妹は打ち掛け姿でおじいちゃんのいるホームに行った。おじいちゃんは涙を流していた。妹はたくさんおじいちゃんと写真を撮っておじいちゃんの部屋に飾っていた。あゆの何倍もおじいちゃんを大事にしていた。妹はおじいちゃんに抱きついて泣いていた。これからは今までみたいにおじいちゃんにかかりきりになれない。だから余計涙が出たんだと思う。
2006-01-02 02:44:00 -
37:
妹の結婚式も無事に終わりみんな普通の生活に戻っていた。12月6日はおじいちゃんの誕生日。妹が花束をホームに持って行ってくれた。元気だったと聞いた。
その1週間後おじいちゃんは熱を出した。それが肺炎になってしまった。12月14日の夜パパから電話があった。『おじいちゃんが危篤やから明日帰ってこい。』あゆは持ってる電話を落とした。 危篤って?死ぬってこと?あゆはすぐにでも帰りたかった。でも飛行機がもうない。何もできない自分がもどかしくて不安で恐くて一睡もできず、ただ祈るしかなかった。2006-01-02 02:44:00 -
38:
次の日朝1番の飛行機に乗って帰った。飛行機にのる寸前にパパにおじいちゃんの様子を聞いた。おじいちゃんをこれ以上苦しめたくないから延命治療はしてないらしい。相変わらず意識のないままだそうだ。おじいちゃん、頑張って、あと2時間後には到着するから、だから死なないで。そう願った。こんな時に限って飛行機が遅く感じる。1分がすごい長い。早く、早くおじいちゃんに会いたい。飛行機の中では心が落ち着かなかった。 伊丹空港に到着した。すぐにパパに電話した。
2006-01-02 02:45:00 -
39:
「おじいちゃん、さっき亡くなった。」 いやーいやー、あゆは人目をはばからず泣き叫んだ。『おじいちゃん苦しまなかったん?』「大丈夫。眠るように死んでいったから」その言葉だけが唯一の救いだった。一番下の妹が病院についた瞬間息をひきとったらしい。妹を待ってたかのように。
2006-01-02 02:46:00 -
40:
伊丹から実家に着くまではなぜかおかしいぐらいに冷静でいた。 とゆうより何も考えれなかった。ただ車窓から景色をぼーっと眺めていた。
実家に近づく頃心臓がドキドキしてきた。あゆは身内がなくなるのは初めて。とにかく緊張した。 そして実家に着いた。玄関からお線香の匂いがしていた。恐る恐る仏間に入った。そこには顔に白い布をかけられたおじいちゃんがいた。布をめくると安らかな顔をしたおじいちゃんがいた。顔をさわるととても冷たかった。おじいちゃんの体に抱きついて泣くだけ泣いた。いっぱい話かけた。でも返事はない。2006-01-02 02:47:00 -
41:
何度呼んでも返事はない。悲しくて悲しくて涙がとまらない。3時間近く泣き続けた。父に泣くなと怒鳴られた。みんな悲しいけど我慢してるねん。子供もおるねんから、しっかりしろ!と。
2006-01-02 02:48:00 -
42:
家族であゆだけ最期に立ち合えなかった。自分を責めるしかなかった。
夜は線香をたやしてはいけない。家族が交替で起きていた。あゆはふと、おじいちゃんが介護ベットで生活していた部屋に入った。 涙がとまらなかった。ライターと封があいてるタバコ、そしておむつの袋。ずっとつけてた時計も置いてあった。ここでおじいちゃんはどんな事を考えて過ごしてたんだろう?色々考えるとまた泣けてきた。おじいちゃんがまだこの部屋にいる気がした。おじいちゃんの匂いがした様な気がした。
翌日はお通様。2006-01-02 02:49:00 -
43:
朝から葬儀屋さんが来てたんたんと祭壇を作ってゆく。家族みんなの希望で1番豪華な祭壇にした。遺影はまだ元気だった頃に妹が撮った写真を使った。たくさんの人がお悔やみに来てくれた。おじいちゃんの偉大さを改めて思い知った。 お葬式の朝 棺におじいちゃんを入れた。足袋を履かせる時足を見たらきれいになっていた。奇跡みたいだった。これで天国では歩けるね、おじいちゃん。
2006-01-02 02:50:00 -
44:
棺の中にみんなでたくさんたくさんのお花を入れた。そして蓋がされた。両親が霊柩車にのり、家族や親戚はマイクロバスで焼き場に向かった。バスの中はシーンとして誰も喋らない。とうとうおじいちゃんを焼かないといけない。遺骨を見るのはひまりだけで十分やのに。
いよいよ最期のお別れの時が来た。みんなおじいちゃんの顔を見て話かけてくれた。あゆはただ泣くだけ。しっかりとおじいちゃんの顔を目に焼き付けながら。おじいちゃんを火葬している間に、親戚のおじちゃんに言われた。「おじいちゃんはあゆの事ものすごいかわいがってたからなあ。2006-01-02 02:51:00 -
45:
あゆが生まれておじいちゃん、さらに優しくなったぞ。俺にはあんな厳しかったのに、あゆの前ではいつも笑ってたな。おじいちゃんはあゆの事ずっと守ってくれるからな、だからおじいちゃんが亡くなった事きちんと受けとめろよ。すばらしい人生やったからな。」確かにそうだ。おじいちゃんの死は受けとめなければいけない現実。長女のあゆがしっかりお見送りしないといけない。泣いてばかりじゃおじいちゃんが悲しむ。自分で自分に言い聞かせた。
予定より早く係の人が呼びに来た。おじいちゃんの火葬が終わった。奥の部屋に入った。2006-01-02 02:52:00 -
46:
そこには骨になったおじいちゃんがいた。妹があゆに抱きついて泣いている。あゆはじっと我慢した。でも、おじいちゃんの骨を箸で拾って壺に入れおわった瞬間、おさえてた涙があふれ出た。失神するかと思うぐらい泣いた。みんなが骨を入れ終わって火葬場をあとにした。お葬式が待っている。お葬式はものすごい人だった。誰が誰かわからない。たくさんの人がおじいちゃんの死を悲しんでいた。父が喪主として挨拶をする前にあゆが家族を代表しておじいちゃんに手紙を読んだ。
2006-01-02 02:53:00 -
47:
『おじいちゃん、83年と10日お疲れさまでした。』
何でおじいちゃんがこんな苦しんで亡くならないといけないか今でもわかれへん。
こんなにもたくさんの方々に慕われていたおじいちゃんには似合わない亡くなり方やん。
あゆはもう神様がいるとゆう事を信じる事はないでしょう。 おじいちゃんとの思い出は数えきれなくて、もらったものは多いけど返したものは何もないね。おじいちゃんごめんなさい。
何度ゆっても謝りきれへん。たくさんかわいがってくれたのに、たくさん、心配や苦労かけてばっかりやったね。2006-01-02 02:55:00 -
48:
でも、どんな時でもおじいちゃんはあゆの味方をして守ってくれたね。ありがとう。
あまり看病してあげれなかった事に後悔しています。
おじいちゃんは天国に行ってしまったからもう会う事はなくなったけど、あゆをはじめとしてみんなの心におじいちゃんは生き続けてるからね。
天国にいるひまりの事あゆが逝くまでよろしくね。おじいちゃん、大好きなおじいちゃん。ごめんね、ありがとう。
あゆはおじいちゃんの孫で幸せでした。ありがとうございました。 孫代表 南條愛結華』 読みおえた瞬間あゆは泣き崩れた。2006-01-02 02:57:00 -
49:
けれど、おじいちゃんに手紙が読めた事は嬉しかった。
あゆの家にはあゆとおじいちゃんの写真が飾ってある。
形見として時計ももらった。毎朝、お仏壇の前でひまりとおじいちゃんに話かける。
毎晩、今日一日の事を報告する。それがあゆの日課。
ひまりとおじいちゃんが幸せに過ごせるように祈ってる。きっと二人がみんなを守ってくれてるから。2006-01-02 03:00:00 -
51:
おじいちゃん、ありがとう。
今のあゆがあるのはおじいちゃんの教育のおかげやで。
ほんまにおじいちゃんありがとう。
あゆは後悔しないよう精一杯、一度きりの人生頑張って生き抜きます。
南條愛結華2006-01-02 03:02:00 -
54:
【こんなママでごめんね】はこちら↓
http://bbs.yoasobiweb.com/test/mread.cgi/yomimono/1134828849/-52006-01-02 07:41:00 -
56:
あゆ
あゆです。コピペありがとうございます。ほんまに嬉しいです。【こんなママでごめんね】落ち着いたら完結させます。ありがとうございました。
2006-01-03 04:15:00 -
57:
名無しさん
?
2006-01-09 11:43:00