小説掲示板≪風俗≫あたしにも価値はあると言って。。。≪ホストクラブ≫のスレッド詳細|夜遊びweb関西版

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≪風俗≫あたしにも価値はあると言って。。。≪ホストクラブ≫

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  • 1:

    自分のサイトで公開している小説です。
    70%ぐらいはあたしの体験談です。
    あまり上手とは言えませんが、
    実際に風俗やホストの世界にいる方々に
    読んでもらいたくてここに書くことにしました。

    2005-05-27 12:22:00
  • 100:

     ベッドの上に広げられたタオルの上に、ミサトがお菓子の箱を並べた。
    「新製品出てたから買っちゃったんだよねー。一人で全部食べたら体重ヤバイからさ、一緒に食べようよ」
     ミサトがワインレッドのマニキュアを塗った指でバリバリと箱を開け、チョコレートを一つ取り出して口へ放り込んだ。
     あたしも一つつまんだ。

    2005-05-27 14:01:00
  • 101:

    「そういえばさ」
     もぐもぐと口を動かしながら、ミサトが少し真剣な顔になる。
    「ユウナ、最近Temptation通ってるんだって? あんた、ちょっと前まで、ホストは行ってなかったはずだよね?」
    「え、何で知ってるの?」
     あたしは驚いて言った。
    「もしかして、ミサトもTemptation行ってるとか?」
    「そうじゃないよ、うちが通ってるのは別の店。ただ、うちの友達がTemptation通ってるんだ。その子が、ユウナのことよく見かけるんだよね、ってうちに教えてくれたの。ほら、ユウナってうちの店のHPで顔出ししてるじゃない? それで顔わかったみたいなんだけど」

    2005-05-27 14:02:00
  • 102:

     なるほど。
     一つの店に通っていると、意識していなくてもだんだん他の客の顔を覚えてくる。
     ああ、この人は誰々の指名だな、とか、この子は雑誌によく載っているフードルの誰々だな、など。
     だからあたしも誰かに見られていたとしても不思議ではない。
    「ぶっちゃけ、いつもいくらぐらい使ってる?」
     少し言いづらそうに、それでもミサトは言葉を続ける。
    「ほら、ユウナって今までホスト遊びしてなかったわけじゃない? だから初めてのホストクラブの世界にハマっちゃったのかなって、なんか心配になってさ。あんたの指名してるホスト、ルックスいいらしいし」

    2005-05-27 14:03:00
  • 103:

     二人とも、もう一つ、チョコレートを食べる。
    「うちがホストで借金作ってるからさ、ユウナが同じ目に合ったらどーしよーって……ごめん、ただのお節介なんだけど」
     あたしは慌てて首を振った。
    「お節介じゃないよ、ありがと。でも、あたし多くてもその日の稼ぎ程度しか使ってないから、心配しないで」
    「そっか、それならいいんだよ。ユウナはしっかりしてるもんねー。うちなんか、ついつい煽てられて優しくされていい気分になって、ドンペリにブックにルイにカミューにリシャール……気付いたときには、売り掛け、とっても払えないような額になってた」

    2005-05-27 14:04:00
  • 104:

     ミサトはタバコを取り出し、火をつけてゆっくりと煙を吸い込んだ。
    「ユウナ、うちね、来月から吉原行くの。もうヘルスの稼ぎじゃやっていけなくてさ……本番、するしかなくなっちゃった」
    「ソープ、行くの?」
    「本当、うちって馬鹿。でもね、担当が喜ぶ顔見たくて、ついついボトル入れちゃうんだ。店通っちゃうんだ。そんなふうにお金払い続けてなきゃ、美人でも若くもないうちのことなんか、簡単に忘れられちゃいそーな気がしてね」
     マルボロメンソールの煙が、ゆらゆらと部屋に広がっていた。

    2005-05-27 14:04:00
  • 105:

    「ユウナも同じだと思うけど、この仕事してたら愛してる、とか結婚してくれ、とか寝言いう客っていっぱいいるじゃない? 中にはそこそこカッコいい若い男とか、オヤジだけど金持ちなやつとかいたりして。でもさ、そんな客たちにどんなにマジになって迫られても、プレゼントもらったりお金積まれたりしても、絶対うちの心は動かないんだよね」
     今フロントに飾られているバラの花束を思い出した。
     花言葉は、愛。

    2005-05-27 14:05:00
  • 106:

    「好きだ、とか言って必死にうちに媚びてくる客には何の情も沸かないくせに、うちがお金払わなきゃ相手してもらえないホストにずっぽりハマってソープにまで沈むなんてさー、本当にどうしようもない馬鹿だよ。何でこうなっちゃうんだろ」
     自嘲気味に話すミサトに何か言ってあげようとしたとき、部屋のコールが鳴って店長がミサトにお客がついたことを知らせてきた。
     あたしは「がんばってね」としか言えず、ミサトの部屋を後にした。

    2005-05-27 14:06:00
  • 107:

    『ユウナちゃーん、あのね、俺、髪切ったんだよ! カラーも変えたんだ、少しオレンジっぽい色になった! これから出勤するよ、店のみんなに何て言われるか楽しみなんだ!』
     翔からメールが来ていた。
    『髪切ったの? どんな感じになったかあたしも見たいな。今日仕事終わったらそっち行くね』
    『うん、待ってるよー! フードのメニューも増えたんだよ。ビーフシチューと和風パスタとフレンチトースト! 季節限定のシャンパンも入ったよ』
    『パスタ美味しそうだね、シャンパンはどんな味?』
    『カフェドパリの、桜の香りってやつ。でも俺はまだ飲んでないんだよね。飲みたいなー』
    『今日あたしがそのカフェドパリ入れるから、一緒に飲もうよ』
    『マジー? 嬉しいな、楽しみにしてるねー』

    2005-05-27 14:07:00
  • 108:

     翔の線の細い整った顔が頭に浮かぶ。
     あたしには、ミサトを馬鹿だなんて思う資格はない。
     あたしだって彼女と何もかわらない。
     せっかく自分を求めてくれる客を嫌悪して、こうして金の上にかろうじて成り立っている翔との儚い関係に幸せを感じている。
     もう連絡の途絶えた真宮のことも忘れられない。
     彼は、もうあたしのことなど忘れているのかもしれないのに。
     コールが鳴った。
    「本指名、六十分コースお願いしまーす」
     店長が早口で告げる。

    2005-05-27 14:08:00
  • 109:

     本日二人目の客は橋本だった。
     汗を拭いながら「今日は仕事が早く終わったから」とスーツを脱いだ。
     シャワーを浴びながら、乳房を揉まれ、乳首を乱暴に捻られた。
     ずきん、と痛みが走る。
     不快な刺激を受けてこわばった乳首を見て「立ってるよ、気持ちいいんだ」と橋本がにやける。
     ベッドでもやはり彼の愛撫は乱暴で稚拙で、あたしは何度もよがるフリをして体をずらし、痛みから逃げようとした。
     逃げても橋本の手は執拗にあたしの体の敏感な部分を追いかけてくる。
     痛い、と言う代わりに嬌声をあげる。
     気持ち悪い、と言う代わりに気持ちいい、と言う。

    2005-05-27 14:09:00
  • 110:

     粘膜の引きつれる感覚。
     男が三本目の指を入れてきた瞬間、一際強く熱い痛みが走った。
     喘ぎながら、ああ、切れたな、と冷静に悟る。
     愛されたかった、褒められたかった、認められたかった、必要とされたかった。
     真宮に受け入れてもらえなかった。
     スナックの客に「つまらない女だ」と呆れた目で見られた。
     婚約していた男が、あたしのことを「ろくな家事もできない馬鹿女だ」と触れ回っていると人づてに聞いた。

    2005-05-27 14:10:00
  • 111:

     どうしようもない孤独感、この世界中であたしただ一人が何の価値もない存在になったような気さえして、心の中に大きく真っ暗な空洞ができていた。
     誰かにその空洞を埋めてもらいかった。
     あたしの存在を、意味のあるものだと言って欲しかった。
     一人じゃないって言って欲しかった。
     求められたかった。
    「ユウナ、ユウナは可愛いなぁ、ほら、もっと感じてみせろよ、もっと、もっと」
     でも、それはこんな形でじゃない。

    2005-05-27 14:11:00
  • 112:

    『仕事、終わったよ。今から行っても大丈夫かな?』
    『お疲れ様ー! 待ってるよ、ユウナちゃんの席用意してるから、早くおいでねー』
     やっぱり翔からのメールの最後はハートマークだった。
     笑顔マークのときや音符マークのときもあるけれど、ハートのときが一番嬉しい。
     最後の初老の客がダブルで入ったうえにチップまでくれたので、今日の稼ぎは六万を越えた。
     Temptationに入り、まずシャンパンを頼んだ。
     本当はフランスのシャンパーニュ地方で作られた物以外はスパークリングワインと呼ぶらしいけれど、翔もあたしも炭酸の入った酒は全部シャンパンと呼んでいる。

    2005-05-27 14:12:00
  • 113:

     ついでに、今日は肌寒く体が冷えていたので新メニューのビーフシチューも頼んだ。
     翔がお腹が空いていると言ったので、パスタも頼んだ。
     フルーツも頼んだ。
     狭いテーブルはあっという間にびっしりになった。
    「あのね、俺、今月ナンバー5に入れるかもしれないんだ」

    2005-05-27 14:12:00
  • 114:

    「本当? よかったねー!」
    「うん、俺、すげー嬉しい。代表にもね、昨日の営業終了してから、翔はがんばってるな、って褒められたんだー。ユウナちゃんのおかげだよー」
    「そんなことないよ、翔が一生懸命がんばったから、結果が出てきたんだよ」
    「ううん」
     翔があたしの顔を覗き込み、真剣な顔つきをした。
    「ぶっちゃけ、俺の売り上げの大半はユウナちゃんの分だよ……。マジ、感謝してる。ありがとう」
     端正で華奢な顔。
     ぱっちりとした大きな瞳。
     翔の言葉を聞いて湧き上がってくる幸福感、満足感。

    2005-05-27 14:14:00
  • 115:

    「感謝するのはあたしの方だよ。翔がありがとうって言ってくれるたびに、あたし、幸せな気分になれる」
     シャンパンを飲み干して、目を伏せた。
     気付かないうちにだいぶ酔ってきたのかもしれない、頭がくらくらする。
     ふいに、ミサトの言葉を思い出す。
    『そんなふうにお金払い続けてなきゃ、美人でも若くもないうちのことなんか、簡単に忘れられちゃいそーな気がしてね』
     あのとき言い出さなかったけれど、あたしだって、ミサトとまったく同じように不安なのだった。
     整った外見、素直で無邪気な性格で魅力的な翔。
     不細工で内気でつまらないあたし。

    2005-05-27 14:15:00
  • 116:

    「翔、今日はナンバー5入り前祝いってことで、ドンペリ飲んじゃおーか?」
     さっきのカフェドパリが一本一万円。
     ドンペリの白が五万円。
     今日はフードも頼んだし、これでだいぶ翔の売り上げに協力できるはずだ。
     ここではお金さえ使えば、自分にも価値はあるんだと実感できる。
    「ユウナちゃん、……あの、大丈夫?」
    「大丈夫だよー」
    「ねぇ、こんなこと聞いたらホスト失格かもしれないんだけど」
     そう前置きしてから、翔は切り出した。

    2005-05-27 14:16:00
  • 117:

    「ユウナちゃんは、どうして風俗で働いているの? 確かもう借金はないって言っていたよね? あのね、もし俺に会いに来るためだけに仕事してるんだとしたら、それは何だか嫌なんだ……。ごめんね、俺自惚れすぎだね」
     いつになく真顔の翔に戸惑いながら、あたしは「自惚れじゃないよ」とだけ答えた。
     借金はとっくになくなっている。
     けれど、今風俗の仕事を辞めてしまったら、あたしにはまた何もなくなってしまう。
     あたしの体や心を欲しがるあの客たちとの関係も、頼りにしてる、と言ってくれる「ピンキードール」の店長や他の従業員との関係も、ホストクラブで夜な夜なあたしが支払う代金の上に成立している、翔との関係も。

    2005-05-27 14:16:00
  • 118:

     あたしのこの街での存在意義が、何もかもなくなってしまう。
     やっと見つけたささやかな生きる意味、生きる価値のある自分。
     心の空洞を埋めてくれるものたち。
     絶対に失いたくない。

    2005-05-27 14:17:00
  • 119:

    「ごめん、俺、何だか気分壊すようなこと言っちゃったかな。酔ってるのかも。ごめん」
     無言になったあたしに気を使い、翔が一生懸命に謝ってきてくれた。
     結局、その日ドンペリは頼まないままあたしはアパートへ帰った。
     帰り道、タクシーの運転手が「今日は星が見えるね」と話しかけてきたので空を見上げたけれど、あの田舎町では数え切れないほどに輝いていた星が、東京の空にはほんの数個、申し訳なさそうに光っているだけだった。

    2005-05-27 14:18:00
  • 120:

     次の日の午後三時、起きようとしたあたしは全身が重いことに気付いた。
     体中がひどく汗ばんでいて、立ち上がるとフラフラする。
     体温を測ると、三十八度七分あった。
     昨日は少し寒かったから、風邪を引いてしまったのかもしれない。
     喉が痛い。
     頭がぼんやりして、この状態ではろくな接客はできないだろうと思ったので、店長に電話をかけて休みをもらった。
     風邪薬を飲んだけれど熱が下がらない。
     部屋にあった中で一番効き目のありそうな解熱剤を飲んで、しばらく経って体温を測ると三十九度を超えていた。

    2005-05-27 14:19:00
  • 121:

    『ユウナちゃんおはよー! もう仕事中かなー?』
     翔からいつものようにメールが届いた。
    『風邪引いたみたいで仕事休んじゃった。今夜はお店行ってあげられないよ、ごめんね』
     メールの返事を打つのもだるい。
    『風邪引いちゃったの? 大丈夫? 心配だよ、ゆっくり休んで早く治してねー』
    『ありがとう、これから寝るね』
     子供の頃から体は丈夫だった。
     東京に来てから一度も病院にかかったことはない。
     風邪ぐらい寝ていれば治る、そう思っていたけれど、一晩経っても熱は上がる一方だった。

    2005-05-27 14:20:00
  • 122:

     店長に「もうしばらく休ませてください、治ったら電話します」と電話をした。
     客からどうでもいいようなメールが四件も入っていて鬱陶しかったので、携帯の電源を切ってソファの上に放り投げた。
     昨日よりさらに喉が痛くなっていて、喋るのも水を飲むのも苦痛だった。
     とても食事をとる気分にはなれず、冷蔵庫にあったコーヒー牛乳だけを口にして二日目と三日目が過ぎた。
     体温は四十度、ときには四十一度を超えていた。
     四十二度を超えたら、脳みそのたんぱく質がゆで卵みたいに硬くなって死んじゃうんだって、と誰かが言っていたのを思い出す。
     喉が痛い。

    2005-05-27 14:21:00
  • 123:

     自分の唾液を飲み込むのさえ困難で、湧き上がる唾液を何度もティッシュに吐いた。
     解熱剤は相変わらず効かず、ひどい寒気がする。
     腕にも足にも力が入らない。
     窓から夕日が差し込んでいたけれど、それも次第に夜の闇の中に吸い込まれてしまった。
     毛布の中で体を丸め、無性に不安で悲しくなった。
     もし、万が一ここであたしが死んでしまっても、誰も気付いてくれないんじゃないだろうか。
     新聞の片隅で見かける、孤独な死を遂げる一人暮らしの可哀想な老人たちは、こんな絶望的な気分でこの世を去っていくのかと思うと涙が流れた。

    2005-05-27 14:22:00
  • 124:

     寂しい。
     一人にしないで。
     あたしにも、生きている意味はあると言って。
     寂しい、寂しい、寂しい。
     深夜三時に、あたしは携帯電話の電源を入れた。
     真っ暗な部屋の中でディスプレイが光り、軽やかな起動音が鳴り響く。

    2005-05-27 14:23:00
  • 125:

     約六時間おきに翔からメールが届いていた。
    『ユウナちゃん、具合はどうかなー?』
    『ユウナちゃん、風邪治った?』
    『ユウナちゃん、大丈夫ー?』
    『ユウナちゃん、まだ寝込んでるのかなー?』
    『ユウナちゃん、心配だよ、連絡ちょうだい』
    『ユウナちゃん、マジ大丈夫なの?』
     感覚の鈍っている指で、ぎこちなく返事を打った。
    『四十度くらいの熱が下がらないの。喉が痛い』

    2005-05-27 14:23:00
  • 126:

     今の時間は、Temptationの営業時間だ。
     こんな時間にこんな鬱陶しいメールをしても、仕事中の翔には迷惑なだけだろう。
     返事は来ないかもしれない、そう思っていたのに。
     突然、けたたましく着信音が鳴った。
     メールではなくて、翔から直接電話がかかってきた。
    「ユウナちゃん、大丈夫なのっ? 病院は行った? ダメだよ行かないと! ユウナちゃん住所どこだっけ、住所教えて!」

    2005-05-27 14:24:00
  • 127:

     熱でぼんやりする頭に、翔の声が響く。
    「いい? 俺今からユウナちゃんとこ行くから、俺と一緒に病院行こう!」
     そうして三十分後、本当に彼は仕事を抜け出してタクシーであたしのアパートへ来て、そのまま夜間診療をしている総合病院まで連れて行ってくれたのだった。

    2005-05-27 14:25:00
  • 128:

    「彼は旦那じゃないんですよ、手続きの書類はあたしが自分で書きます」
    「いや、熱で苦しいんでしょ? 俺が代わりに書いてあげるよ」
     翔の申し出に、看護婦が「優しい方でよかったですね」とにこりと笑って彼に書類とペンを渡し、出て行った。
    「こんなに具合が悪くなる前に俺に言ってくれればよかったのに。ほんと、ユウナちゃんは何でも自分一人で片付けようとするんだもんな」
    「……翔に、迷惑、かけられないから」
    「何言ってるのさ、いつもユウナちゃんは俺のこといっぱい助けてくれてるだろ? お互い様だよ。ユウナちゃんは一人ぼっちじゃないんだからさ、もっと俺を頼ってくれてもいいんだよ」
     ぽんぽん、と翔はあたしの汗ばんだ頭を撫でてくれた。

    2005-05-27 14:27:00
  • 129:

    「さてと、さっさとこの紙書いちゃって看護婦さんに渡すから、後はゆっくり寝るといいよ」
     翔があたしの顔のすぐ横に書類を置いた。
     そしてペンのキャップを外すと、彼は氏名欄に迷うことなく「近藤清美」と書いた。
    「翔、あたしの本名、知ってたっけ……?」
    「知ってたよー、だいぶ前に教えてくれたの覚えてないの? そっか、あのとき酔っ払ってたもんね」
     朦朧とする頭で記憶をたどるけれど、何も思い出せない。
     あたしは翔の前ではずっと「ユウナ」でいたつもりだった。

    2005-05-27 14:28:00
  • 130:

    「清らかで美しいって書いて、清美。いい名前だなと思ったからちゃんと覚えてる」
    「……あたしなんかに似合わない名前だよね」
    「そんなことない。清美、って、似合ってるよ」
     それだけ言って、翔は住所欄や連絡先をさらさらと書き上げた。
     最後に本人の署名欄があったので、そこだけは自分で書いた。
    「それじゃ、俺この紙看護婦さんに渡してから帰るから。また明日お見舞いに来るから、必要そうな物とかも買ってきてあげる。あ、食べ物、何が好き? プリンでいい?」
     あたしがうなずくと、翔はあのきれいな笑顔で小さく手を振って、病室を出て行った。
     手首から流し込まれている解熱剤も効いて、あたしはそれからゆっくりと眠ることが出来たのだった。

    2005-05-27 14:29:00
  • 131:

     扁桃腺の腫れが引くのに当初医者が思っていたより時間がかかり、結局あたしは十日間入院していた。
     翔は毎日欠かさず見舞いに来てくれて、来るたびに「お見舞いだよー」と雑誌やお菓子、ジュースを買ってきてくれた。
     一度は缶ビールを持ってきて、偶然居合わせた看護婦に怒られたりもしていた。
     退院する日、喉の炎症を抑える薬やイソジンを処方され、しばらくは喉に雑菌がつかないように念入りにうがいするように指導された。

    2005-05-27 14:30:00
  • 132:

     入院した日に書類を持ってきた看護婦が入院費用の請求書を持ってきたので、病院の一階に設置されていたATMから現金を用意して窓口へ支払いを済ませる。
     少しだが貯金しておいてよかった、と痛感した。
     家へ帰ろうとすると自動ドアのところで翔とはち合わせした。
    「よかった、もう退院しちゃったかと思ったよ」
    「今まさに退院するところ。迎えに来てくれたの?」
    「うん、病院のメシってあまり美味くなかったでしょー? だから一緒にどっか美味いモノ食べに行こーよ」
     病院を出て歩きながら、どこに行こうか、何を食べようか、と二人でしばらく考えて結局ごく普通のファミレスに入った。

    2005-05-27 14:31:00
  • 133:

     入院中、年配の看護婦が「いつもお見舞いに来てくれる男の子、カッコいい子ねー」としきりに感心していたこと。
     Temptationの新メニューの和風パスタは評判がいいのだけれど、実は作るのに手間がかかるので厨房係が迷惑そうにしているということ。
     やっぱりたわいもない内容ばかりだけれど、翔との話はとても楽しい。
     そのとき、テーブルの上に置いていたあたしの携帯電話が鳴った。
     ディスプレイに表示されている名前を見て、あたしは息を飲んだ。
    「真宮朋樹」の文字。

    2005-05-27 14:33:00
  • 134:

     もう二度とかかってくることはないと思っていて、それでもメモリから消せずにいた、真宮からの着信。
    「鳴ってるよ?」
     何も知らない翔が携帯電話を指差す。
    「ごめん、ちょっと電話してくるね」
     急いで席を立ち、店の外へ出た。
    「もしもし、真宮?」
    「清美? 久しぶりだね。東京の暮らしはどう?」

    2005-05-27 14:33:00
  • 135:

     携帯電話越しに聞こえてきたのは、紛れもなくあたしの大好きだった真宮の声だった。
    「うん、こっちで仕事もしてるし、何とかやっていけてるよ」
    「そっか、メシはしっかり食べてるか? 体壊してないか?」
     実は今朝まで入院してた、と言ったら真宮は驚いて心配するだろう、と心の中で苦笑した。
    「大丈夫、元気だよ。ほら、あたし健康には自信あるし。――それにね、東京でもあたしのこと心配してくれる人、見つけたし」
    「ああ、それはよかった。ほら、清美は少し物事を一人で抱え込むようなところがあるから、東京で一人で悩んだりしてるんじゃないかって、ずっと気になってたんだ」
     真宮の柔らかくて穏やかな声が、あたしの心に染み込んでいく。

    2005-05-27 14:34:00
  • 136:

     なんだ、あたしは初めから、一人じゃなかったんだ。
     こうして気にかけてくれる人がちゃんといたんだ。
    「電話、ありがとう。すごく嬉しい。あのね、あたしはもう真宮に忘れられちゃったんだと思ってたから」
    「そんなことないよ。確かに、俺たちは今離れた場所で、別々の生活をしてる。けれど、俺と清美は、たとえ離れていても、こうしていつでも繋がることができるだろ? 今までだってそうだったし、これからもそれは変わらないよ」
     あたしは、一人じゃないんだ。
     目の前の霧が晴れていくようだった。

    2005-05-27 14:35:00
  • 137:

    「どうもありがとう。また、電話してね。あたしからもかけていい?」
    「もちろんいいよ。いつでも待ってる」
    「じゃあ、またね、ばいばい――」
     電話を切り、翔のところへ戻った。
    「彼氏ー?」とふざけた口調で聞かれたので、「違いますー、残念ながら彼氏は募集中ですー」と口を尖らせて答えると、翔は白い歯を見せてにっと笑って、小声で呟いた。
    「じゃ、俺立候補しよっかなー」
     そしてすぐに無邪気な笑顔を浮かべて「冗談っ!」と言ったので、あたしはテーブルの上に丸めて置いてあったオシボリを彼の顔面めがけて投げつけ、そして二人で笑った。

    2005-05-27 14:36:00
  • 138:

     心の中にあった暗い空洞は、いつの間にかすっかり埋まっていた。
    「そういえば、ずっと仕事休んじゃったけど、これからどうするの?」
     翔の問いに、あたしはしばらく考え、ゆっくりと答えた。
    「まだ決めてない。店にも連絡してないし……このまま辞めるかもしれないし、戻るかもしれない」
     料理が運ばれてきた。
     あたしはフォークでドリアの上のエビをつつきながら続けた。
    「でも、もうあたしは、風俗で働くことにこだわらなくても大丈夫かもしれない」

    2005-05-27 14:37:00
  • 139:

     不器用そうにナイフとフォークでステーキを切り分けながら翔がうなずいた。
    「うん、よく考えてから結論出しても遅くないと思うよ」
     彼はステーキを一切れ口へ運び「熱っ!」と小さく叫んで慌ててクリームソーダのストローに吸い付いた。
     炭酸の小さな泡がグラスの中でゆらゆらと上っている。
    「……でも、風俗の仕事辞めたら、もうホストクラブで翔とシャンパンは飲めなくなるかも」
     あたしの言葉に、翔は少し考えるような素振りを見せ、それから「仕方ないから、クリームソーダで我慢するよ」と言って笑った。

           ――END――

    2005-05-27 14:38:00
  • 140:

    田舎ではありましたが、そこそこ有名な企業に勤め、寿退社目前にして他の男性に恋をして、失恋して、プライドを守るためそのまま退職、水商売を始めたものの散々な結果に終わり……、そしてあたしはいつのまにかヘルスの個室でお客を待つようになっていました。
    自分が「美人」ではないという、努力では乗り越えることの出来ないコンプレックス。
    「話し上手」でないというコンプレックス。
    それがあったからこそ、あたしは「翔」というキレイな外見と素直な心を持った男の子に惹かれたのだと思います。
    幸運にも、現実にあたしは「翔」と恋人同士になることができました。
    あたしは風俗を辞め、数ヵ月後に「翔」もホストを辞め、お互い昼間のごくありふれたアルバイトを始めました。
    今も、ときどき当時の話をします。
    二人とも、まるで夢の世界にいたときのようだね、と笑いながら。
    輝くシャンデリア、薄暗く狭いプレイルーム、ドンペリコール、お客の来店を告げるフロントからのコール、かしずくホストたち、性欲をむき出しにしてくる男たち…いい夢なのか、悪夢なのかはともかく。
    これからあ

    2005-05-27 14:39:00
  • 141:

    削除

    削除されますた

    あぼ~ん
  • 142:

    微妙な終わり方と思われる方も多いかと思います、「ホスト」や「風俗嬢」というアンダーグラウンド的な世界の話で、いかにも作り物のハッピーエンドにはしたくなかったのでこのような形をとらせていただきました、お許しください。

    2005-05-27 14:39:00
  • 143:

    卯月つぐみ:04/8/10 03:35 (旧小説板)

    2005-05-27 14:41:00
  • 144:

    名無しさん

    最後まで読みました。
    感動でもない、感謝でもない何でもない言葉にできない気持ちが溢れて変な魅力を感じさせる小説でした。どう表現していいかわかりませんがよかったです。

    2005-05-29 02:51:00
  • 145:

    すい

    前板にあるのは知ってたけど、読んでなくて初めて読んだ☆こんなにいい感じの小説なんて知らなかった!キレイに終わったけど、そこがはかなくてそれこそ夢の世界の様で良かったです。

    2005-05-29 07:52:00
  • 146:

    名無しさん

    初めて読みました。私は風俗じゃなくて水ですけど、仕事に関する気持ちも、ホストに対する気持ちも、すごくわかる。共感して、久しぶりに小説を読んで涙が出ました。

    2005-05-30 06:00:00
  • 147:

    名無しさん

    名作あげ

    2005-06-13 05:49:00
  • 148:

    名無しさん

    ?ぃぃ話?運命ってぁるって思ぇる??

    2005-06-13 07:50:00
  • 149:

    名無しさん

    ?

    2005-07-25 12:06:00
  • 150:

    名無しさん

    2005-07-27 07:54:00
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