-
夜遊び夜遊び
-
お水お水
-
ホストホスト
-
風俗風俗
-
ビューティビューティ
-
ファッションファッション
-
悩み相談悩み相談
-
モデルモデル
-
芸能芸能
-
雑談雑談
-
食べ物・グルメグルメ
-
生活生活
-
恋恋
-
インターネット・ゲームネット・ゲーム
-
ギャンブルギャンブル
-
過去ログ倉庫過去ログ倉庫
-
運営運営
≪風俗≫あたしにも価値はあると言って。。。≪ホストクラブ≫
-
1:
自分のサイトで公開している小説です。
70%ぐらいはあたしの体験談です。
あまり上手とは言えませんが、
実際に風俗やホストの世界にいる方々に
読んでもらいたくてここに書くことにしました。2005-05-27 12:22:00 -
71:
「いらっしゃいませー!」
今日もやはり「Temptation」の従業員たちの大声に出迎えられ、あたしはその大袈裟さに苦笑いしながら翔の後をついて店の中へと入った。
隣に座った翔から二回目以降の来店では自分のボトルを入れるシステムだと教えられ、ひとまず昨日飲んでいたものと同じ眞露という一番安い焼酎を頼む。
昨日とは別のホストが「いらっしゃいませ」と一言言いながら素早くボトルやグラス等を置いて去っていった。2005-05-27 13:34:00 -
72:
「このお店には、ホストは何人いるの?」
「バイトの人も合わせたら十五人ぐらいかな。俺みたいに、営業日は毎日出勤してるレギュラーは九人なんだ。ほら、あの左端の席にいる、グレーのスーツ着てる人が代表だよ」
酒を作る手を止め翔がマドラーでこっそりと指差した席では、ショッキングピンクのワンピースを着た小太りの女が隣に座るホストの肩にもたれかかりながら両手でマイクを握ってドリカムを歌っていた。
テーブルの上はそれぞれ形の違う何本ものクリスタルのボトルやつまみの皿がびっしりと並んでいる。2005-05-27 13:35:00 -
73:
「代表はね、この店ができてからずっとナンバー1を維持してるんだって。すごいよねー。俺も代表みたいなカッコいいホストになりたいんだ」
あまりじろじろと見ては失礼な気がしたので、向こうに気付かれないように横目で代表と呼ばれたホストを観察してみた。
彫りの深い顔立ち、がっしりした体格に日焼けした肌。
肩にかかるギリギリの長さの髪は茶色に染められ、ところどころにメッシュが入っている。
いかにも「昔、遊んでいました」風の外見だ。2005-05-27 13:36:00 -
74:
「カッコいいかなぁ? あたしは翔のほうがカッコいいっていうか、きれいだと思うけど?」
「えっ、マジで言ってくれてるの? そんなこと言われたことないから照れちゃうよー、でもすげー嬉しい!」
満面の笑みのまま翔からグラスを手渡され、乾杯をした。
それからしばらく昨日と同じようなたわいもない話をしながら、あたしは今日Temptationに来てよかった、と改めて思った。
翔は瞳をきらきらと輝かせて、無垢な少年のような顔で「ありがとう」や「嬉しい」の言葉をいくつもあたしにくれる。2005-05-27 13:36:00 -
75:
ホストクラブというところは、キザな男たちに囲まれ、その場限りの上辺だけの愛を囁かれ、お姫様のようにちやほやされる、どこかインチキ臭いところを想像していた。
けれど、このきれいなきれいな笑顔とまっすぐな感謝の言葉は、インチキ臭いどころか日頃あたしを取り巻く他の何よりも汚れなく純粋に思えたのだった。
「そうだ、ユウナちゃんは今日はお仕事どうだったの?」
翔がつまみのポッキーを二本取って一本を自分の口に運び、もう一本をあたしの口に入れてくれた。2005-05-27 13:37:00 -
76:
「ん、いつも通り、普通だったよ」
「嫌なこととかされなかった?」
あたしの顔を覗き込むようにして心配してくれた。
「大丈夫。慣れてるもん」
嫌なことなんか毎日されている。
というか、毎日嫌なことしかされない。
けれども、あたしは自分から風俗という仕事を選んだのだ。2005-05-27 13:38:00 -
77:
婚約者と別れるとき、彼は初めのうちこそ「金なんかいらない、お前と別れたくない」と言っていたけれど、最終的にはあたしの差し出す通帳を受け取った。
彼は男としての見栄やプライドより、金を優先したのだった。
その後あたしは勤めていた会社を退職し、スナックで働き始めた。
実家に帰ったら? とか東京や大阪へ出たら? とアドバイスを受けたけれど、あたしは真宮の住んでいるその小さな町から離れたくなかった。
その頃には、真宮に同じ職場で働く若く美人で有能な恋人がいるということは、あたしの耳にも届いていた。2005-05-27 13:39:00 -
78:
それでも、彼はたまに電話をくれて、ときどきは会ってくれたりもしたから、恋人がいるならなおのことあたしが離れるわけにはいかないと思った。
離れてしまったら、きっと、真宮とあたしのこのささやかな関係は何もかも終わってしまう。
もう二度と会えなくなる。
彼が恋人や多くの友人遠に囲まれて充実した毎日を送り、そうして遠くのあたしのことをあっけなく忘れていってしまう、それはどうしても嫌だったから、意地でもあたしは田舎町へしがみつこうとした。2005-05-27 13:40:00 -
79:
ホステスとして見栄えがするように服や靴を買い揃えたら、会社を辞めたときの退職金はきれいになくなった。
酒に酔っても帰りが辛くないように、とスナックのママに店の近くのアパートを紹介してもらったので、敷金やら何やらの費用を会社員時代に作ったカードのキャッシングで用意して支払って引っ越した。
返せない額ではないと思った。
半年ほどかけてホステスの給料からゆっくり返済していくつもりだった。
けれど、話下手で人見知りで器量もよくないあたしにホステスなど勤まるはずもない。
結局、たったの二ヶ月であたしは逃げるように店を辞めてしまった。2005-05-27 13:41:00 -
80:
ママから紹介されたアパートに住み続けるわけにもいかなくて、また引っ越さなければならなくなった。
寿退社するはずが直前で破談になり、そのままOLを辞めて水商売を始め、二ヶ月で店を逃げ出した女。
毎日平和で退屈で、話題に飢えている田舎町の人々の間で噂が広まるのはあっという間だ。
もう、真宮が住む町に、あたしの居場所はなかった。
負け組のあたしに残されていたのは、連日のストレスによる過食と買い物のために最初よりもさらに膨らんだ借金だけ。
失うモノは何もないって、こういう状況をいうんだろうか、とぼんやり思いながらATMへ行き、引っ越し費用を作るため限度枠ギリギリまで最後のキャッシングをした。2005-05-27 13:42:00 -
81:
賃貸情報誌を買い、大きく広告を載せていた東京の不動産屋へ電話をかけて保証人も敷金もいらない物件を紹介してもらい、そのまま入居を申し込んだ。
ついでに引っ越し業者にも電話をかけた。
真宮にも電話をかけた。
「そうか、うん、清美はそうした方がいいと思う」
「寂しいから行くなよ、とか言ってよ、そんなにあっさりされたら悲しいじゃない」2005-05-27 13:43:00 -
82:
冗談めかして言うと、真宮は落ち着いた声でゆっくり、はっきりとそれに答えた。
「寂しいよ。でもね、俺は、清美に幸せになってもらいたい。清美は、俺の大事な大事な妹だから」
たくさんの思いが溢れて涙声になりそうなのを必死に隠し、あたしは精一杯明るく聞いた。
「妹なら、また会えるよね?」
「会えるよ。だから、東京行ってもがんばるんだよ」
それが、最後の真宮との会話だった。2005-05-27 13:43:00 -
83:
「ユウナちゃんってさ、辛いこととかあってもあまり口にしないで自分の中で片付けちゃうタイプじゃない?」
ポッキーを食べる手を休め、翔はじっとあたしの目を見つめてくる。
「どうして?」
「俺、ホストになって、風俗で働いてる女の人もたくさん接客したけど、みんなすごくストレスを溜めてる人ばかりなんだ。その人によって度合いは違うけど、こっちから聞かなくても、みんな俺たちに仕事の愚痴とか不満とかぶつけてくるのが普通だよ。そりゃ、俺とユウナちゃんはまだ会うの二回目だから、気を使ってくれてるのかも知れないけどさー」2005-05-27 13:45:00 -
84:
「だって、それは」
言っても仕方のないことだから、と言おうとしたけれど、それでは何だかあまりにも翔のことを冷たく突き放すようだったのであたしは続きを飲み込んだ。
楽して稼げる――そんな仕事があるわけがない。
働いてお金を得るためには、ある程度の嫌なこと、憂鬱なことに耐えるのは当然だと思う。
そんなつまらないことでむやみに関係のない翔に愚痴を言ってせっかくの楽しく幸せなムードを壊したくない。
「ユウナちゃんはしっかりしてるんだね。偉いね」
あたしが黙っていると、ぽんぽん、と翔が頭を軽く撫でてくれた。2005-05-27 13:46:00 -
85:
彼は、もしあたしが愚痴を言っても嫌がらずに聞いてくれるのだろう。
辛い、苦しいと泣き言を言っても、それを受け止めてくれるのだろう。
ここにはあたしの居場所があるのだ、と気付いて思わず涙が出そうになる。
翔に気付かれないように手元のグラスへ視線を落とし、強くまばたきをした。
その日から、毎日のようにあたしはTemptationへ通った。
翔から誘われる日もあれば、あたしから行く日もあった。
話題はやっぱりゲームのことだったりドラマのことだったり、ごく普通のことばかりだったけれど、何度も会ううちに話の幅も広がってきた。2005-05-27 13:47:00 -
86:
いつも翔の顔はどこまでもきれいで、見ているだけであたしは幸せになってしまい、酒が回るにつれ何度も「カッコいいね」「きれいだね」と言っては彼に照れくさそうな顔をされた。
眞露を飲むのに飽きたら、たまにシャンパンを頼んだりもした。
そのたびに「すげー嬉しいよー、マジありがとー!」とその整った顔で眩しい笑顔を見せてくれる翔に、あたしは徐々に好意を持っていった。
真宮に対するような激しく切実な感情ではなかったけれど、ふんわりと淡く温かい思いがあたしの胸を占めるようになっていた。2005-05-27 13:48:00 -
87:
翔と出会って二ヶ月が経ったある日、「ピンキードール」へ出勤すると店長が苦笑いを浮かべて小声であたしに囁いてきた。
「待合室、見てみろよ」
言われた通りにマジックミラーをのぞくと、軽く見積もっても百キロはありそうな太った男が大きなバラの花束をかかえて座っていた。
ここ一ヶ月、週に一回、多いときは二回通ってきている客だ。
「あんなデカい花束なんか持ってきてどうしたんだろうな? ユウナちゃん、誕生日だっけ?」
あたしは首を横に振って、私物カゴを脇に抱えて個室に向かい、手早く部屋をセットした。2005-05-27 13:49:00 -
88:
カーテンの裏に立ち、店長に目で合図する。
「お待たせしましたー! ご案内です、ユウナちゃんでーす!」
のそり、と重たそうな体を持ち上げて、客が目の前に現れた。
咄嗟に顔には満面の愛想笑いが浮かび、口からは心でこれっぽっちも思ってもいないような女らしく可愛げのある言葉がするすると出てくる。
「マーくん、来てくれるの待ってたんだよー。今週会えないのかと思っちゃった」
公務員だと言っていた、三十九歳の独身男。
マサノブと言う名前らしいのだが、自分から「マーくんって呼んでね」と言ってきたので仕方なくそう呼んでいる。2005-05-27 13:49:00 -
89:
「寂しい思いさせてごめんなー、ちょっと仕事が忙しかったんだよ。でもユウナちゃんに会うために、今日は仕事途中で切り上げてきたんだ。ほら、これプレゼントだよ」
ベッドに腰掛けてその巨大な花束を渡された。
花の値段はわからないけれど、これだけの大きさの花束なら一万円近くはしたはずだ。
「ありがとう、でもこんなのもらっちゃっていいの?」
気を使う素振りをすると、男は脂肪だらけの見苦しい顔をにやりと歪め、歯垢のこびりついたままの歯を見せてきた。
「今日はね、二人の記念日にするつもりだから」2005-05-27 13:50:00 -
90:
「記念日?」
「そうだよ。ねぇユウナちゃん、俺達今日で出会って丸一ヶ月がたったじゃない? だから、そろそろ男と女として、ちゃんとお付き合いしようよ」
マサノブがその巨大なハムのような汗ばんだ腕をあたしの肩にまわし、強引に自分の方へと引き寄せた。
酸っぱい臭いが鼻をつく。
瞬間、強烈な嫌悪感が胸に湧き上がり、心臓は急にどくんどくんと嫌な動悸を始める。2005-05-27 13:51:00 -
91:
男と女として? お付き合い?
はぁ? 何言ってるの? と笑い飛ばすわけにはいかない。
この男はあたしの時間を買った客だ。
不愉快にはさせられない。
「なぁに、今日はどうしたの? マーくん酔っ払ってるのー? 酔ってるときは熱いシャワー浴びなきゃねー」
あたしは何とか話をそらさなければ、と焦りながら、目を合わさないようにしてマサノブのぐっしょりと湿ったYシャツのボタンを外そうとした。2005-05-27 13:52:00 -
92:
「ユウナちゃん、真面目な話だよ? ちゃんと聞いてよ」
彼はあたしの腕を押さえ、生臭い息を吐きながらまくし立て始めた。
「ねぇ、俺は初めて会ったときから、運命を感じてたんだ。こんないつも笑顔で心が優しくて素敵な女の子は他にいないってね。俺、風俗嬢としてじゃなくて、一人の女の子としてユウナちゃんを愛してるんだ」2005-05-27 13:53:00 -
93:
ベタベタした掌。
汚れがびっしりと詰まった黒い爪先。
ガサガサした唇。
生臭い息。
脂と汗でぎらぎらと光る顔。
いつも笑顔で優しいのは、お前が金を払った客だからだよ。
一人の女の子としてって何だ? 風俗嬢としてサービス中のあたししか見てないくせに、何わかったようなこと言ってるんだよ。
次から次へと罵詈雑言が浮かんできて、あたしはそれらを飲み込むのに必死だった。2005-05-27 13:54:00 -
94:
「俺達、相性ぴったりだと思うんだ。だから、ねぇ、今日こそは最後までしようよ。俺、ユウナちゃんと一つになりたい。ね、いいでしょ?」
あたしの手首をつかんだまま、彼は全体重をかけてあたしの上にのしかかってくる。
男にパンツを脱がされた。
彼は続いてごそごそと自分のズボンとパンツも脱いで、勃起したもの引っ張り出している。
胸が、お腹が圧迫されて苦しい。
変な角度で押さえられたままの右手首の関節が悲鳴をあげる。
太ももの付け根に硬いものが押し付けられる感触。
ああ、これはもう本番強要で部屋から叩き出しても許されるレベルだな、と冷静に思った。2005-05-27 13:55:00 -
95:
ヘルスではSEXはできない。
挿入を強要した時点で、ルール違反者としてサービスは中断、客はポラロイド写真を撮られ、場合によっては罰金を支払わされた後その店へは今後一切入店禁止になる。
このデブを振り払って、フロントにコールしちゃおうかな、と考える。
「好きなんだ。好きだから最後までしたいんだ。ユウナちゃんのこと、もっともっと可愛がって気持ちよくさせてあげたいんだ」
気持ちよくねぇよ。
デブの額に浮かんだ汗がぽたり、とあたしの頬に落ちてきて鳥肌が立った。2005-05-27 13:56:00 -
96:
「ねぇ、いいでしょ? 俺たち付き合おうよ。付き合ってる男と女がSEXするのは自然なことだよ?」
もううんざりだった。
「マーくん、それ以上言うなら、あたしフロントにコールしなきゃならないよ」
感情を込めずに言うと、男はあたしの手首をつかむ力を緩めた。
そのぶよぶよした巨大な体を押しのけて起き上がる。
「ユウナちゃん、嫌だった? ごめんね……」
表情のないあたしの顔を見て、彼なりに何かに気付いたらしく、急にしゅんとして言い訳を始めた。2005-05-27 13:56:00 -
97:
「俺、ユウナちゃんが本当に好きなんだよ。だからつい……ごめんね。そうだよね、いきなりじゃ怖いよね。でも、俺は真剣にユウナちゃんと付き合いたいと思ってるんだ。返事は今すぐじゃなくてもいいよ。次に俺が会いに来るまでに考えておいて」
大の男が一方的に愛だか性欲だかわからないような感情を押し付けてくる、その姿は滑稽で情けなく、あたしは心底呆れてしまいもはやフロントを呼ぶ気もおきなかった。
プレイ時間が余っていたので、それからあたしはいつも通りただ機械のように男の体を洗い、あちこちを触ったり舐めたりこすったりしてデブを射精させた。
好きだ、愛している、と繰り返していたわりには、プレイの間中ここを舐めて、あそこも触って、もっと激しく、今度はこっちを、もっと奥まで、口を休めないで、最後は飲んでよ、といちいち細かい注文をつける男だった。2005-05-27 13:57:00 -
98:
「さっきの話、真面目に考えておいてよ?」
シャワーでローションや色々な体液を洗い流していると、マサノブは懲りずに唾を飛ばしながら話しかけてきた。
「俺、ユウナちゃんにはこんな仕事早く辞めてほしいんだ。風俗なんかで働いていたことは忘れて、俺と幸せになってほしい」
――こんな仕事? 風俗なんか?
その「風俗なんか」に来て金を払い射精しているのはどこのどいつだ。
あたしが自分から選んだ仕事なのに、それをこの男は忘れろと言うのか。
この世界のことは何も経験せず、何も得なかったかのように?2005-05-27 13:58:00 -
99:
馬鹿にするにもほどがある。
あたしの人生の一部を、この男は丸ごと全部否定するつもりなんだ。
「あたし、忘れるつもり、ないから」
イライラするのを抑えてできるだけ冷静に言うと、デブは懲りずにまた反論してくる。
「辛い仕事だからすぐには忘れられないかもしれないけれど、でも俺が忘れさせてあげたいんだよ」
もう、何も話したくなくなった。
帰り際、その背中に向かって、二度と来なくていいよ、と小声で囁いた。
男が帰った後、あたしは店長に「本番強要されたので」と彼をNG指定にした。
指名客が一人減ったが、これでもう二度とあのあつかましいセリフの数々を聞かなくてすむ。2005-05-27 13:59:00 -
100:
ベッドの上に広げられたタオルの上に、ミサトがお菓子の箱を並べた。
「新製品出てたから買っちゃったんだよねー。一人で全部食べたら体重ヤバイからさ、一緒に食べようよ」
ミサトがワインレッドのマニキュアを塗った指でバリバリと箱を開け、チョコレートを一つ取り出して口へ放り込んだ。
あたしも一つつまんだ。2005-05-27 14:01:00 -
101:
「そういえばさ」
もぐもぐと口を動かしながら、ミサトが少し真剣な顔になる。
「ユウナ、最近Temptation通ってるんだって? あんた、ちょっと前まで、ホストは行ってなかったはずだよね?」
「え、何で知ってるの?」
あたしは驚いて言った。
「もしかして、ミサトもTemptation行ってるとか?」
「そうじゃないよ、うちが通ってるのは別の店。ただ、うちの友達がTemptation通ってるんだ。その子が、ユウナのことよく見かけるんだよね、ってうちに教えてくれたの。ほら、ユウナってうちの店のHPで顔出ししてるじゃない? それで顔わかったみたいなんだけど」2005-05-27 14:02:00 -
102:
なるほど。
一つの店に通っていると、意識していなくてもだんだん他の客の顔を覚えてくる。
ああ、この人は誰々の指名だな、とか、この子は雑誌によく載っているフードルの誰々だな、など。
だからあたしも誰かに見られていたとしても不思議ではない。
「ぶっちゃけ、いつもいくらぐらい使ってる?」
少し言いづらそうに、それでもミサトは言葉を続ける。
「ほら、ユウナって今までホスト遊びしてなかったわけじゃない? だから初めてのホストクラブの世界にハマっちゃったのかなって、なんか心配になってさ。あんたの指名してるホスト、ルックスいいらしいし」2005-05-27 14:03:00 -
103:
二人とも、もう一つ、チョコレートを食べる。
「うちがホストで借金作ってるからさ、ユウナが同じ目に合ったらどーしよーって……ごめん、ただのお節介なんだけど」
あたしは慌てて首を振った。
「お節介じゃないよ、ありがと。でも、あたし多くてもその日の稼ぎ程度しか使ってないから、心配しないで」
「そっか、それならいいんだよ。ユウナはしっかりしてるもんねー。うちなんか、ついつい煽てられて優しくされていい気分になって、ドンペリにブックにルイにカミューにリシャール……気付いたときには、売り掛け、とっても払えないような額になってた」2005-05-27 14:04:00 -
104:
ミサトはタバコを取り出し、火をつけてゆっくりと煙を吸い込んだ。
「ユウナ、うちね、来月から吉原行くの。もうヘルスの稼ぎじゃやっていけなくてさ……本番、するしかなくなっちゃった」
「ソープ、行くの?」
「本当、うちって馬鹿。でもね、担当が喜ぶ顔見たくて、ついついボトル入れちゃうんだ。店通っちゃうんだ。そんなふうにお金払い続けてなきゃ、美人でも若くもないうちのことなんか、簡単に忘れられちゃいそーな気がしてね」
マルボロメンソールの煙が、ゆらゆらと部屋に広がっていた。2005-05-27 14:04:00 -
105:
「ユウナも同じだと思うけど、この仕事してたら愛してる、とか結婚してくれ、とか寝言いう客っていっぱいいるじゃない? 中にはそこそこカッコいい若い男とか、オヤジだけど金持ちなやつとかいたりして。でもさ、そんな客たちにどんなにマジになって迫られても、プレゼントもらったりお金積まれたりしても、絶対うちの心は動かないんだよね」
今フロントに飾られているバラの花束を思い出した。
花言葉は、愛。2005-05-27 14:05:00 -
106:
「好きだ、とか言って必死にうちに媚びてくる客には何の情も沸かないくせに、うちがお金払わなきゃ相手してもらえないホストにずっぽりハマってソープにまで沈むなんてさー、本当にどうしようもない馬鹿だよ。何でこうなっちゃうんだろ」
自嘲気味に話すミサトに何か言ってあげようとしたとき、部屋のコールが鳴って店長がミサトにお客がついたことを知らせてきた。
あたしは「がんばってね」としか言えず、ミサトの部屋を後にした。2005-05-27 14:06:00 -
107:
『ユウナちゃーん、あのね、俺、髪切ったんだよ! カラーも変えたんだ、少しオレンジっぽい色になった! これから出勤するよ、店のみんなに何て言われるか楽しみなんだ!』
翔からメールが来ていた。
『髪切ったの? どんな感じになったかあたしも見たいな。今日仕事終わったらそっち行くね』
『うん、待ってるよー! フードのメニューも増えたんだよ。ビーフシチューと和風パスタとフレンチトースト! 季節限定のシャンパンも入ったよ』
『パスタ美味しそうだね、シャンパンはどんな味?』
『カフェドパリの、桜の香りってやつ。でも俺はまだ飲んでないんだよね。飲みたいなー』
『今日あたしがそのカフェドパリ入れるから、一緒に飲もうよ』
『マジー? 嬉しいな、楽しみにしてるねー』2005-05-27 14:07:00 -
108:
翔の線の細い整った顔が頭に浮かぶ。
あたしには、ミサトを馬鹿だなんて思う資格はない。
あたしだって彼女と何もかわらない。
せっかく自分を求めてくれる客を嫌悪して、こうして金の上にかろうじて成り立っている翔との儚い関係に幸せを感じている。
もう連絡の途絶えた真宮のことも忘れられない。
彼は、もうあたしのことなど忘れているのかもしれないのに。
コールが鳴った。
「本指名、六十分コースお願いしまーす」
店長が早口で告げる。2005-05-27 14:08:00 -
109:
本日二人目の客は橋本だった。
汗を拭いながら「今日は仕事が早く終わったから」とスーツを脱いだ。
シャワーを浴びながら、乳房を揉まれ、乳首を乱暴に捻られた。
ずきん、と痛みが走る。
不快な刺激を受けてこわばった乳首を見て「立ってるよ、気持ちいいんだ」と橋本がにやける。
ベッドでもやはり彼の愛撫は乱暴で稚拙で、あたしは何度もよがるフリをして体をずらし、痛みから逃げようとした。
逃げても橋本の手は執拗にあたしの体の敏感な部分を追いかけてくる。
痛い、と言う代わりに嬌声をあげる。
気持ち悪い、と言う代わりに気持ちいい、と言う。2005-05-27 14:09:00 -
110:
粘膜の引きつれる感覚。
男が三本目の指を入れてきた瞬間、一際強く熱い痛みが走った。
喘ぎながら、ああ、切れたな、と冷静に悟る。
愛されたかった、褒められたかった、認められたかった、必要とされたかった。
真宮に受け入れてもらえなかった。
スナックの客に「つまらない女だ」と呆れた目で見られた。
婚約していた男が、あたしのことを「ろくな家事もできない馬鹿女だ」と触れ回っていると人づてに聞いた。2005-05-27 14:10:00 -
111:
どうしようもない孤独感、この世界中であたしただ一人が何の価値もない存在になったような気さえして、心の中に大きく真っ暗な空洞ができていた。
誰かにその空洞を埋めてもらいかった。
あたしの存在を、意味のあるものだと言って欲しかった。
一人じゃないって言って欲しかった。
求められたかった。
「ユウナ、ユウナは可愛いなぁ、ほら、もっと感じてみせろよ、もっと、もっと」
でも、それはこんな形でじゃない。2005-05-27 14:11:00 -
112:
『仕事、終わったよ。今から行っても大丈夫かな?』
『お疲れ様ー! 待ってるよ、ユウナちゃんの席用意してるから、早くおいでねー』
やっぱり翔からのメールの最後はハートマークだった。
笑顔マークのときや音符マークのときもあるけれど、ハートのときが一番嬉しい。
最後の初老の客がダブルで入ったうえにチップまでくれたので、今日の稼ぎは六万を越えた。
Temptationに入り、まずシャンパンを頼んだ。
本当はフランスのシャンパーニュ地方で作られた物以外はスパークリングワインと呼ぶらしいけれど、翔もあたしも炭酸の入った酒は全部シャンパンと呼んでいる。2005-05-27 14:12:00 -
113:
ついでに、今日は肌寒く体が冷えていたので新メニューのビーフシチューも頼んだ。
翔がお腹が空いていると言ったので、パスタも頼んだ。
フルーツも頼んだ。
狭いテーブルはあっという間にびっしりになった。
「あのね、俺、今月ナンバー5に入れるかもしれないんだ」2005-05-27 14:12:00 -
114:
「本当? よかったねー!」
「うん、俺、すげー嬉しい。代表にもね、昨日の営業終了してから、翔はがんばってるな、って褒められたんだー。ユウナちゃんのおかげだよー」
「そんなことないよ、翔が一生懸命がんばったから、結果が出てきたんだよ」
「ううん」
翔があたしの顔を覗き込み、真剣な顔つきをした。
「ぶっちゃけ、俺の売り上げの大半はユウナちゃんの分だよ……。マジ、感謝してる。ありがとう」
端正で華奢な顔。
ぱっちりとした大きな瞳。
翔の言葉を聞いて湧き上がってくる幸福感、満足感。2005-05-27 14:14:00 -
115:
「感謝するのはあたしの方だよ。翔がありがとうって言ってくれるたびに、あたし、幸せな気分になれる」
シャンパンを飲み干して、目を伏せた。
気付かないうちにだいぶ酔ってきたのかもしれない、頭がくらくらする。
ふいに、ミサトの言葉を思い出す。
『そんなふうにお金払い続けてなきゃ、美人でも若くもないうちのことなんか、簡単に忘れられちゃいそーな気がしてね』
あのとき言い出さなかったけれど、あたしだって、ミサトとまったく同じように不安なのだった。
整った外見、素直で無邪気な性格で魅力的な翔。
不細工で内気でつまらないあたし。2005-05-27 14:15:00 -
116:
「翔、今日はナンバー5入り前祝いってことで、ドンペリ飲んじゃおーか?」
さっきのカフェドパリが一本一万円。
ドンペリの白が五万円。
今日はフードも頼んだし、これでだいぶ翔の売り上げに協力できるはずだ。
ここではお金さえ使えば、自分にも価値はあるんだと実感できる。
「ユウナちゃん、……あの、大丈夫?」
「大丈夫だよー」
「ねぇ、こんなこと聞いたらホスト失格かもしれないんだけど」
そう前置きしてから、翔は切り出した。2005-05-27 14:16:00 -
117:
「ユウナちゃんは、どうして風俗で働いているの? 確かもう借金はないって言っていたよね? あのね、もし俺に会いに来るためだけに仕事してるんだとしたら、それは何だか嫌なんだ……。ごめんね、俺自惚れすぎだね」
いつになく真顔の翔に戸惑いながら、あたしは「自惚れじゃないよ」とだけ答えた。
借金はとっくになくなっている。
けれど、今風俗の仕事を辞めてしまったら、あたしにはまた何もなくなってしまう。
あたしの体や心を欲しがるあの客たちとの関係も、頼りにしてる、と言ってくれる「ピンキードール」の店長や他の従業員との関係も、ホストクラブで夜な夜なあたしが支払う代金の上に成立している、翔との関係も。2005-05-27 14:16:00 -
118:
あたしのこの街での存在意義が、何もかもなくなってしまう。
やっと見つけたささやかな生きる意味、生きる価値のある自分。
心の空洞を埋めてくれるものたち。
絶対に失いたくない。2005-05-27 14:17:00 -
119:
「ごめん、俺、何だか気分壊すようなこと言っちゃったかな。酔ってるのかも。ごめん」
無言になったあたしに気を使い、翔が一生懸命に謝ってきてくれた。
結局、その日ドンペリは頼まないままあたしはアパートへ帰った。
帰り道、タクシーの運転手が「今日は星が見えるね」と話しかけてきたので空を見上げたけれど、あの田舎町では数え切れないほどに輝いていた星が、東京の空にはほんの数個、申し訳なさそうに光っているだけだった。2005-05-27 14:18:00 -
120:
次の日の午後三時、起きようとしたあたしは全身が重いことに気付いた。
体中がひどく汗ばんでいて、立ち上がるとフラフラする。
体温を測ると、三十八度七分あった。
昨日は少し寒かったから、風邪を引いてしまったのかもしれない。
喉が痛い。
頭がぼんやりして、この状態ではろくな接客はできないだろうと思ったので、店長に電話をかけて休みをもらった。
風邪薬を飲んだけれど熱が下がらない。
部屋にあった中で一番効き目のありそうな解熱剤を飲んで、しばらく経って体温を測ると三十九度を超えていた。2005-05-27 14:19:00 -
121:
『ユウナちゃんおはよー! もう仕事中かなー?』
翔からいつものようにメールが届いた。
『風邪引いたみたいで仕事休んじゃった。今夜はお店行ってあげられないよ、ごめんね』
メールの返事を打つのもだるい。
『風邪引いちゃったの? 大丈夫? 心配だよ、ゆっくり休んで早く治してねー』
『ありがとう、これから寝るね』
子供の頃から体は丈夫だった。
東京に来てから一度も病院にかかったことはない。
風邪ぐらい寝ていれば治る、そう思っていたけれど、一晩経っても熱は上がる一方だった。2005-05-27 14:20:00 -
122:
店長に「もうしばらく休ませてください、治ったら電話します」と電話をした。
客からどうでもいいようなメールが四件も入っていて鬱陶しかったので、携帯の電源を切ってソファの上に放り投げた。
昨日よりさらに喉が痛くなっていて、喋るのも水を飲むのも苦痛だった。
とても食事をとる気分にはなれず、冷蔵庫にあったコーヒー牛乳だけを口にして二日目と三日目が過ぎた。
体温は四十度、ときには四十一度を超えていた。
四十二度を超えたら、脳みそのたんぱく質がゆで卵みたいに硬くなって死んじゃうんだって、と誰かが言っていたのを思い出す。
喉が痛い。2005-05-27 14:21:00 -
123:
自分の唾液を飲み込むのさえ困難で、湧き上がる唾液を何度もティッシュに吐いた。
解熱剤は相変わらず効かず、ひどい寒気がする。
腕にも足にも力が入らない。
窓から夕日が差し込んでいたけれど、それも次第に夜の闇の中に吸い込まれてしまった。
毛布の中で体を丸め、無性に不安で悲しくなった。
もし、万が一ここであたしが死んでしまっても、誰も気付いてくれないんじゃないだろうか。
新聞の片隅で見かける、孤独な死を遂げる一人暮らしの可哀想な老人たちは、こんな絶望的な気分でこの世を去っていくのかと思うと涙が流れた。2005-05-27 14:22:00 -
124:
寂しい。
一人にしないで。
あたしにも、生きている意味はあると言って。
寂しい、寂しい、寂しい。
深夜三時に、あたしは携帯電話の電源を入れた。
真っ暗な部屋の中でディスプレイが光り、軽やかな起動音が鳴り響く。2005-05-27 14:23:00 -
125:
約六時間おきに翔からメールが届いていた。
『ユウナちゃん、具合はどうかなー?』
『ユウナちゃん、風邪治った?』
『ユウナちゃん、大丈夫ー?』
『ユウナちゃん、まだ寝込んでるのかなー?』
『ユウナちゃん、心配だよ、連絡ちょうだい』
『ユウナちゃん、マジ大丈夫なの?』
感覚の鈍っている指で、ぎこちなく返事を打った。
『四十度くらいの熱が下がらないの。喉が痛い』2005-05-27 14:23:00 -
126:
今の時間は、Temptationの営業時間だ。
こんな時間にこんな鬱陶しいメールをしても、仕事中の翔には迷惑なだけだろう。
返事は来ないかもしれない、そう思っていたのに。
突然、けたたましく着信音が鳴った。
メールではなくて、翔から直接電話がかかってきた。
「ユウナちゃん、大丈夫なのっ? 病院は行った? ダメだよ行かないと! ユウナちゃん住所どこだっけ、住所教えて!」2005-05-27 14:24:00 -
127:
熱でぼんやりする頭に、翔の声が響く。
「いい? 俺今からユウナちゃんとこ行くから、俺と一緒に病院行こう!」
そうして三十分後、本当に彼は仕事を抜け出してタクシーであたしのアパートへ来て、そのまま夜間診療をしている総合病院まで連れて行ってくれたのだった。2005-05-27 14:25:00 -
128:
「彼は旦那じゃないんですよ、手続きの書類はあたしが自分で書きます」
「いや、熱で苦しいんでしょ? 俺が代わりに書いてあげるよ」
翔の申し出に、看護婦が「優しい方でよかったですね」とにこりと笑って彼に書類とペンを渡し、出て行った。
「こんなに具合が悪くなる前に俺に言ってくれればよかったのに。ほんと、ユウナちゃんは何でも自分一人で片付けようとするんだもんな」
「……翔に、迷惑、かけられないから」
「何言ってるのさ、いつもユウナちゃんは俺のこといっぱい助けてくれてるだろ? お互い様だよ。ユウナちゃんは一人ぼっちじゃないんだからさ、もっと俺を頼ってくれてもいいんだよ」
ぽんぽん、と翔はあたしの汗ばんだ頭を撫でてくれた。2005-05-27 14:27:00 -
129:
「さてと、さっさとこの紙書いちゃって看護婦さんに渡すから、後はゆっくり寝るといいよ」
翔があたしの顔のすぐ横に書類を置いた。
そしてペンのキャップを外すと、彼は氏名欄に迷うことなく「近藤清美」と書いた。
「翔、あたしの本名、知ってたっけ……?」
「知ってたよー、だいぶ前に教えてくれたの覚えてないの? そっか、あのとき酔っ払ってたもんね」
朦朧とする頭で記憶をたどるけれど、何も思い出せない。
あたしは翔の前ではずっと「ユウナ」でいたつもりだった。2005-05-27 14:28:00 -
130:
「清らかで美しいって書いて、清美。いい名前だなと思ったからちゃんと覚えてる」
「……あたしなんかに似合わない名前だよね」
「そんなことない。清美、って、似合ってるよ」
それだけ言って、翔は住所欄や連絡先をさらさらと書き上げた。
最後に本人の署名欄があったので、そこだけは自分で書いた。
「それじゃ、俺この紙看護婦さんに渡してから帰るから。また明日お見舞いに来るから、必要そうな物とかも買ってきてあげる。あ、食べ物、何が好き? プリンでいい?」
あたしがうなずくと、翔はあのきれいな笑顔で小さく手を振って、病室を出て行った。
手首から流し込まれている解熱剤も効いて、あたしはそれからゆっくりと眠ることが出来たのだった。2005-05-27 14:29:00 -
131:
扁桃腺の腫れが引くのに当初医者が思っていたより時間がかかり、結局あたしは十日間入院していた。
翔は毎日欠かさず見舞いに来てくれて、来るたびに「お見舞いだよー」と雑誌やお菓子、ジュースを買ってきてくれた。
一度は缶ビールを持ってきて、偶然居合わせた看護婦に怒られたりもしていた。
退院する日、喉の炎症を抑える薬やイソジンを処方され、しばらくは喉に雑菌がつかないように念入りにうがいするように指導された。2005-05-27 14:30:00 -
132:
入院した日に書類を持ってきた看護婦が入院費用の請求書を持ってきたので、病院の一階に設置されていたATMから現金を用意して窓口へ支払いを済ませる。
少しだが貯金しておいてよかった、と痛感した。
家へ帰ろうとすると自動ドアのところで翔とはち合わせした。
「よかった、もう退院しちゃったかと思ったよ」
「今まさに退院するところ。迎えに来てくれたの?」
「うん、病院のメシってあまり美味くなかったでしょー? だから一緒にどっか美味いモノ食べに行こーよ」
病院を出て歩きながら、どこに行こうか、何を食べようか、と二人でしばらく考えて結局ごく普通のファミレスに入った。2005-05-27 14:31:00 -
133:
入院中、年配の看護婦が「いつもお見舞いに来てくれる男の子、カッコいい子ねー」としきりに感心していたこと。
Temptationの新メニューの和風パスタは評判がいいのだけれど、実は作るのに手間がかかるので厨房係が迷惑そうにしているということ。
やっぱりたわいもない内容ばかりだけれど、翔との話はとても楽しい。
そのとき、テーブルの上に置いていたあたしの携帯電話が鳴った。
ディスプレイに表示されている名前を見て、あたしは息を飲んだ。
「真宮朋樹」の文字。2005-05-27 14:33:00 -
134:
もう二度とかかってくることはないと思っていて、それでもメモリから消せずにいた、真宮からの着信。
「鳴ってるよ?」
何も知らない翔が携帯電話を指差す。
「ごめん、ちょっと電話してくるね」
急いで席を立ち、店の外へ出た。
「もしもし、真宮?」
「清美? 久しぶりだね。東京の暮らしはどう?」2005-05-27 14:33:00 -
135:
携帯電話越しに聞こえてきたのは、紛れもなくあたしの大好きだった真宮の声だった。
「うん、こっちで仕事もしてるし、何とかやっていけてるよ」
「そっか、メシはしっかり食べてるか? 体壊してないか?」
実は今朝まで入院してた、と言ったら真宮は驚いて心配するだろう、と心の中で苦笑した。
「大丈夫、元気だよ。ほら、あたし健康には自信あるし。――それにね、東京でもあたしのこと心配してくれる人、見つけたし」
「ああ、それはよかった。ほら、清美は少し物事を一人で抱え込むようなところがあるから、東京で一人で悩んだりしてるんじゃないかって、ずっと気になってたんだ」
真宮の柔らかくて穏やかな声が、あたしの心に染み込んでいく。2005-05-27 14:34:00 -
136:
なんだ、あたしは初めから、一人じゃなかったんだ。
こうして気にかけてくれる人がちゃんといたんだ。
「電話、ありがとう。すごく嬉しい。あのね、あたしはもう真宮に忘れられちゃったんだと思ってたから」
「そんなことないよ。確かに、俺たちは今離れた場所で、別々の生活をしてる。けれど、俺と清美は、たとえ離れていても、こうしていつでも繋がることができるだろ? 今までだってそうだったし、これからもそれは変わらないよ」
あたしは、一人じゃないんだ。
目の前の霧が晴れていくようだった。2005-05-27 14:35:00 -
137:
「どうもありがとう。また、電話してね。あたしからもかけていい?」
「もちろんいいよ。いつでも待ってる」
「じゃあ、またね、ばいばい――」
電話を切り、翔のところへ戻った。
「彼氏ー?」とふざけた口調で聞かれたので、「違いますー、残念ながら彼氏は募集中ですー」と口を尖らせて答えると、翔は白い歯を見せてにっと笑って、小声で呟いた。
「じゃ、俺立候補しよっかなー」
そしてすぐに無邪気な笑顔を浮かべて「冗談っ!」と言ったので、あたしはテーブルの上に丸めて置いてあったオシボリを彼の顔面めがけて投げつけ、そして二人で笑った。2005-05-27 14:36:00 -
138:
心の中にあった暗い空洞は、いつの間にかすっかり埋まっていた。
「そういえば、ずっと仕事休んじゃったけど、これからどうするの?」
翔の問いに、あたしはしばらく考え、ゆっくりと答えた。
「まだ決めてない。店にも連絡してないし……このまま辞めるかもしれないし、戻るかもしれない」
料理が運ばれてきた。
あたしはフォークでドリアの上のエビをつつきながら続けた。
「でも、もうあたしは、風俗で働くことにこだわらなくても大丈夫かもしれない」2005-05-27 14:37:00 -
139:
不器用そうにナイフとフォークでステーキを切り分けながら翔がうなずいた。
「うん、よく考えてから結論出しても遅くないと思うよ」
彼はステーキを一切れ口へ運び「熱っ!」と小さく叫んで慌ててクリームソーダのストローに吸い付いた。
炭酸の小さな泡がグラスの中でゆらゆらと上っている。
「……でも、風俗の仕事辞めたら、もうホストクラブで翔とシャンパンは飲めなくなるかも」
あたしの言葉に、翔は少し考えるような素振りを見せ、それから「仕方ないから、クリームソーダで我慢するよ」と言って笑った。
――END――2005-05-27 14:38:00 -
140:
田舎ではありましたが、そこそこ有名な企業に勤め、寿退社目前にして他の男性に恋をして、失恋して、プライドを守るためそのまま退職、水商売を始めたものの散々な結果に終わり……、そしてあたしはいつのまにかヘルスの個室でお客を待つようになっていました。
自分が「美人」ではないという、努力では乗り越えることの出来ないコンプレックス。
「話し上手」でないというコンプレックス。
それがあったからこそ、あたしは「翔」というキレイな外見と素直な心を持った男の子に惹かれたのだと思います。
幸運にも、現実にあたしは「翔」と恋人同士になることができました。
あたしは風俗を辞め、数ヵ月後に「翔」もホストを辞め、お互い昼間のごくありふれたアルバイトを始めました。
今も、ときどき当時の話をします。
二人とも、まるで夢の世界にいたときのようだね、と笑いながら。
輝くシャンデリア、薄暗く狭いプレイルーム、ドンペリコール、お客の来店を告げるフロントからのコール、かしずくホストたち、性欲をむき出しにしてくる男たち…いい夢なのか、悪夢なのかはともかく。
これからあ2005-05-27 14:39:00