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満月は見ている

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  • 1:

    さかえ◆hq8SNwlLmg

    月は見ている。

    あたしは台所の窓から見える紺色の空にぽっかり浮かぶ三日月を眺めながら、ひたすら冷蔵庫にあるだけの食べ物を口に運んだ。
    冷蔵庫の前にしゃがみ込んで、ロールケーキ、チーズ、生ハム、惣菜、食べられる物なら何でも口に入れる。
    だけど満たされない。

    2007-09-07 04:57:00
  • 2:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    (略)
    だけど満たされない。

    2007-09-07 05:01:00
  • 3:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    食欲は満たされず、結局いつも、お腹が苦しく感じる位に食べてしまう。
    あたしは胃袋が限界に達するまで食べ物を詰め込んで、
    苦しく感じると、更に無理矢理、清涼飲料水を飲み込み、
    台所のカトラリー類を差して入れてるグラスからスプーンを取り出し、トイレに駆け込んだ。
    洋式便器の中座を上げ、口にスプーンの柄を差し込み便器に頭を突っ込んだ。

    2007-09-07 05:04:00
  • 4:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    そして慣れた手つきで柄を喉の奥まで入れる。
    堪えきれず嗚咽が漏れる。
    それと同時に胃袋から液体と一緒に先程、食べた物が込み上げ便器に流れ出る。
    口の中は胃液で酸っぱい味が広がった。

    2007-09-07 05:07:00
  • 5:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    一息つく間もなく、何度も何度もスプーンの柄を喉の奥に入れたり引っ込めたりし、
    胃液しか出なくなるまで吐く行為を繰り返した。
    『全部吐いてしまわないと』

    過食の後の嘔吐は毎日の習慣になっていた。

    2007-09-07 05:10:00
  • 6:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    止めたいと思った時には、もう既に遅く、今度は太る事への恐怖で止める事が出来なくなっていた。
    強迫観念とでも言うのだろうか。
    太りたくない、その一心だけがあたしを突き動かしている。
    重い胃袋を抱えたまま眠りに就こうとした時もあるが眠れなかった。

    2007-09-07 05:13:00
  • 7:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    睡眠導入剤を飲み眠ろうとしても、
    ベッドに潜り込み瞼を閉じる度に昨日の事のように鮮明に、あの人の冷ややかに、
    あたしを見る目が頭に浮かぶから、吐きたい衝動を抑え切れなくなる。

    冷たい目で見ないで、醜い物を見るような目で見ないで。お母さん。

    2007-09-07 05:16:00
  • 8:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    吐き終えて睡眠導入剤を口に放り込みベッドに潜ると何かに安心し、穏やかな眠りに就けた。
    毎日、涙が枕を濡らすけれど、どうして泣いているのか自分でも分からず
    声を上げる事なく涙をこぼしたまま、あたしは瞼を閉じる。

    2007-09-07 05:19:00
  • 9:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    億劫でも行かなければいけない予定があるから月曜日は嫌いだ。
    家の最寄りの駅から一駅と言う近さにも関わらず、そこに行くのが億劫に感じるのは人目のせい。
    あたしは人の視線を怖く感じる。
    誰も、あたしを見てもいないのに自分を見ていると思い込んで、意識して緊張して、そして恥かしくなる。

    2007-09-07 05:23:00
  • 10:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    だから外に出る時は、せめて視線が合わないようにと薄い色の付いたサングラスをかけ帽子を目深に被り、
    俯いて歩いている。端から見たら、そっちの姿の方がよっぽど目に付くかもしれない。

    「最近、調子はどうですか?」
    もう何度目だろう。

    2007-09-07 05:26:00
  • 11:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    あたしの向かいに座る背広を着た初老の男性は、あたしに安心感を持たせる為なのか笑顔を浮かべ、
    毎回、毎回、同じ文句で診察を始める。
    この精神科のクリニックに通い出して既に半年が過ぎていた。
    簡単なカウンセリングと薬の処方だけの診察が続き、精神的な治療や科学的な治療に何の効果も得られなかった。

    2007-09-07 05:30:00
  • 12:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    あたしは、いつも担当医の質問に、はい、いいえしか答えず、
    自分の悩みや苦しみを吐露しようとはしなかったから治らないのも当然だ。
    それでも、一つだけ、その症状だけはここに通い出してからピタリと治まった。
    自傷行為だ。
    自分の腕に薄い傷を、数本剃刀でつけた後は、いつも罪悪感で一杯だった。

    2007-09-07 05:33:00
  • 13:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    してはいけない事をしてしまったと思い、明日はしないでおこうと決めても、やらずにはいられなかった。
    眠る事が出来ずに瞼を閉じていると闇の中で母親の顔が浮ぶから、そこから逃げ出してしまいたくて、
    剃刀を毎晩握って、自分の腕に傷を付け痛みの感覚で気を紛らわせようとした。
    腕の痛みに意識が集中している間は、瞼を閉じていても母親の顔が闇に浮かぶ事はなかった。

    2007-09-07 05:37:00
  • 14:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    痛みの感覚が麻痺しだす頃には、痛みを感じたいが為に、今度は剃刀じゃなくカッターナイフを持ち、
    腕をえぐるように切っていた。
    痛みがある間だけは安らげたけれど、あの時ほど自分を嫌いになった事はない。
    朝目覚めて自分の血で汚れた腕を見たら、自分の心まで汚れているように思えた。

    2007-09-07 05:40:00
  • 15:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    そして不眠に悩まされ何日も寝られなく、
    眠れたと思っても二、三時間で目覚めてしまい自傷行為が日に日に酷くなるばかりで、
    どうにか解消したくてクリニックに足を運んだ。
    クリニックに通い出してからは睡眠導入剤によって強制的に睡魔を呼んでいる状態だけれども、
    自分を傷付ける事なく安らかな眠りに就けるようになった。

    2007-09-07 05:43:00
  • 16:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    それだけで、自分の中ではクリニックに通い出して良かったと満足していた。
    だけども根本的な事を解決しなければ、あたしは完治したと胸を張って言えないのだろう。

    「寝られますか?」
    担当医が「寝られますか?」と言い出した時は、診察の終わりが近付いている合図だ。

    2007-09-07 05:47:00
  • 17:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    診察を受けに行くまでの時間は、ひどく憂鬱で面倒臭く感じるのに、
    いざ診察を受けて終わる時間が近付くと、どうして寂しく感じるのだろう。
    あたしは、もしかしたら誰かと話したいから、その理由の為だけにクリニックに通い続けているのかもしれない。
    同じ年代、同じ趣味じゃなくてもいい、少しでも話せる相手が欲しい。

    2007-09-07 05:50:00
  • 18:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    無条件に、あたしの話を聞き続けてくれる担当医は、答えはくれないけれど、
    最低限の外出しかせず、人との接触を避けているあたしにとっては絶好の話相手なのだ。
    「寝られています」
    そう答えると、担当医は前回と同じ薬を処方する旨をあたしに伝えて、カルテに、
    あたしには読めない流れるような文体のドイツ語を記入した。

    2007-09-07 05:53:00
  • 19:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    担当医は分かっているのかもしれない。
    医者に頼っているだけじゃ治らないと言う事を。あたし自身もそれは、とっくに気付いている。
    けれど、何がいけないのか、どうしたらいいのか、知りたいのはそれなのに、誰もあたしに教えてくれない。
    「また来週来て下さいね」
    あたしは首を頷かせてから小さな丸椅子から腰を上げ、診察室を出た。

    2007-09-07 05:56:00
  • 20:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    診察室から出ると数歩で受付と待合のホールに辿り着く。
    診察が終わると、あたしはいつも、クリニックの喫煙コーナーに立ち煙草をくわえる。
    薬の処方と会計までの待っている時間が窮屈に感じるからだ。
    午前中に診察を終えても診察を待つ人はどんどん増えて行き、
    受付前に置かれている長椅子は、いつも満席になる程、混雑する。

    2007-09-07 05:59:00
  • 21:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    あたしが一番怖いと感じる視線も増えて、針のむしろに立たされた気分になる。
    だから、受付から死角になる喫煙コーナーは、あたしには絶好の避難場所で長椅子に座るよりは、
    はるかに落ち着ける場所だった。
    このクリニックの患者は比較的、喫煙者が少ないようで喫煙コーナーに立つ者が少ないのだけれど、今日は先客がいた。

    2007-09-07 06:02:00
  • 22:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    先客の女性は服の袖から透けるような白い肌と異常に細い腕を覗かせていて、
    煙草を持つ、しなやかな小枝のような指の関節辺りには、たこが出来ていた。
    あたしは、それを見て自分と同じ匂いを感じた。
    過食嘔吐をする人には、あたしと違って指を喉の奥に入れる人もいる。
    そして指を使って嘔吐を繰り返す人は、指に「吐きだこ」と呼ばれる物が出来る。

    2007-09-07 06:05:00
  • 23:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    あたしの指は短く喉の奥に届かないからスプーンの柄を利用しているが、
    喫煙所に立つ、この女性は指を使って吐いていると、すぐに分かった。
    あんまりじっと見ていたせいで女性は、あたしの視線に気付き、目を逸らす事なく、あたしをじっと見た。
    女性の大きな瞳は、あたしの心まで見透かしてしまいそうな澄んだ目で、思わず、あたしの方が目を逸らしてしまった。

    2007-09-07 06:08:00
  • 24:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    気まずい雰囲気を誤魔化すかのように煙草に火を点けた。煙草の煙を吐き出した時に女性が口を開いた。
    通らない曇った低い声だったけれど、何故か心が落ち着く声のトーンだった。
    「調子はどう?」
    前からの知り合いのように軽く訪ねる口調に戸惑いを感じたが、
    あたしは抑揚のない声で「まあまあです」と答えた。

    2007-09-07 06:11:00
  • 25:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    実際、自分の事に関しては良くも悪くも感じていなかった。
    むしろ、変わらない現状に諦めを持っていた。
    「あたしも、まあまあだわ」
    女性は気だるそうに煙を吐き言葉を続けた。
    「だけど変わらない日常に苛々を感じる」

    2007-09-07 06:14:00
  • 26:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    自分の気持ちを代弁されているようで返す言葉がなく、女性も、それを察し互いに沈黙をした。
    「三浦さん」
    受付の誰かを呼ぶ声に反応して、女性は吸い終えてない煙草をアルミの筒型の灰皿に押し付け、
    受付の窓口まで去って行った。

    2007-09-07 06:17:00
  • 27:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    彼女はこの時以来、あたしの気になる存在になった。


    夜の訪れは心臓が震えるほど怖い。
    今日こそ沢山食べないでおこう、そう決めても抑え切れない食欲に襲われるから。

    2007-09-07 06:20:00
  • 28:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    冷蔵庫に隙間なく詰め込むほど買い込んでいた食糧も二日で尽きてしまう。
    時々、あたしは、ひょっとしたら自分の体は全部胃袋で出来ていて、
    上から人間の皮を被っているんじゃないかと考えてしまう。
    自分でも恐ろしいと思う食欲だ。けれど食べる時は何も考えていない。
    目の前にある食べ物を無我夢中で自分の口に運んでいるだけだ。

    2007-09-07 06:23:00
  • 29:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    こんなあたしの姿を見たら、みんな、醜いとあたしを罵り、軽蔑の眼差しを向けるだろう。
    勿論、あの人も。
    あの人と同じ屋根の下に住んでいた頃、あの人はいつも針を刺すような冷たい視線をあたしに向け、
    忌々しい物でも見るような眼つきで見ていた。

    2007-09-07 06:26:00
  • 30:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    どうして、そんな目で見るのか分からなかったけれど、
    子供の頃から、あたしは、お母さんに嫌われていると言う事だけは理解出来た。
    今では、あたしを軽蔑せずに平等の目で見てくれるのは、窓から見える月とクリニックの担当医だけだ。

    2007-09-07 06:29:00
  • 31:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    いつものように胃袋一杯に食べ物を詰め込み終えると、
    あたしは冷蔵庫から1.5リットルの清涼飲料水が入ったペットボトルを取り出し、
    ボトルごと口にくわえ胃袋に液体を流し込んだ。
    限界まで詰め込んだ食べ物が液体によって胃袋の中で膨張するのを感じると、スプーンを手に持ちトイレに駆け込んだ。

    2007-09-07 06:32:00
  • 32:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    喉の奥までスプーンの柄を突っ込むと吐き気が込み上げてくるのだけれど、
    今日は、なかなか肝心の胃袋の中にある食べた物が出て来ない。
    トイレの便器に吐き出すのは、さっき流し込んだ清涼飲料水の液体だけ。
    たまに上手く吐き出せない時がある。
    けれど、こう言う事には慣れているから焦りはしない。

    2007-09-07 06:35:00
  • 33:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    口で吐く事が無理なら下剤で強制的に排泄してしまえばいいだけなのだから。

    あたしは重たい胃袋を抱えたまま、のそりと歩き出し、ベッドの脇に置いてある棚の引き出しから下剤の箱を取り出した。
    ピンクの箱から銀色のシートを取り出し、シートに収まっている錠剤をプチプチ指で押しテーブルの上に落とした。

    2007-09-07 06:38:00
  • 34:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    ピンクの芽吹いたばかりの蕾のような錠剤が白いテーブルに彩を添える。
    下剤も習慣になると効き目が落ちて行き、一錠、二錠では、お腹が張り腹痛を伴うだけになっていた。
    徐々に飲用する個数も増えて行き、十錠から二十錠へ、二十錠からから三十錠へ。
    そして今では、五十錠も飲まなくては効果がない体になっていた。

    2007-09-07 06:41:00
  • 35:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    テーブルの上の端に手を沿え錠剤を手の平にじゃらじゃらと落とし、
    沢山の錠剤が乗った手の平を口に持って行き一気に流し込んだ。
    休む間もなく、睡眠導入剤を飲み込んで冷蔵庫の前に歩き出し、ペットボトルを取り出した。
    大量の錠剤が喉に引っかかった感じがし、異物感が喉元に残る。

    2007-09-07 20:26:00
  • 36:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    引っかかった錠剤を押し流すように、ペットボトルに口を付け、こぼれるくらい口に清涼飲料水を含み飲み込んだ。
    色々な物が胃袋の中で混ざり、さっき食べた物の味や、
    胃液の酸っぱさ、睡眠導入剤の苦味が胃袋から口まで押し上げられ不快な味が広がった。
    こうなって来ると体が錠剤に拒絶反応を示し、吐き出してしまう時がある。

    2007-09-07 20:29:00
  • 37:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    だから吐き出してしまわないように眠りに就くしかない。
    吐き気を我慢しているせいで込み上げて来る涙と鼻水をすすりながら、あたしはベッドに寝転んだ。
    眠気が来るまで何度か吐き気から来る嗚咽に襲われたけれど、眠気が来てしまえば吐き気に関係なく深い眠りに就けた。

    2007-09-07 20:32:00
  • 38:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    朝目覚めると、予想していた通り激しい腹痛に見舞われた。
    けれど、あたしにとっては太る恐怖に比べれば一時の激痛は我慢出来る物なのだ。
    ぽっこり膨らんでいた下腹部が、トイレに行く度に空気が漏れている風船のようにしぼんで行き、
    体中の液体や物体を可能な限り排泄し終えると、あたしのお腹は真っ平らになっていた。

    2007-09-07 20:35:00
  • 39:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    服の裾を捲り、そのシルエットを確認すると満足し、
    洗面所の隅に置いてある体重計に足を乗せ、表示するデジタル数字を見た。
    四十二・二キロ。
    昨日より少ない数字は、あたしを喜ばせるのに充分な物で自然と顔も緩んで来る。
    あたしの一日に体重計は欠かせない物だ。朝一番に体重計に乗り、体重の増減に一喜一憂する。

    2007-09-07 20:38:00
  • 40:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    いくら嘔吐や下剤で食べた物を出していると言っても、
    完全に出し切れなかったり、消化にいい物を口にしてしまったりで、体重が増える時もあった。
    減っている日や変わらない日はまだいいが、増えていた日には焦りが出て苛々し、
    過食をしてしまった自分に対し怒りも沸く。
    しまいには、全てが上手く行かなくなるような気がして、これからの事に悲観的になってしまう。

    2007-09-07 20:41:00
  • 41:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    過食をするなら蒟蒻を食べ続け嘔吐を抑えればいいのだけれど、
    蒟蒻の泥臭い匂いが好きになれず、味気ないせいで飽きが来る為、毎日食べたいとは思わなかった。
    過食嘔吐を治したいと思っているくせに矛盾している。

    2007-09-21 03:05:00
  • 42:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    治まったり、また痛み出したりと言う腹痛の波の峠が過ぎ、一服出来る頃、
    太陽は空の真上に昇り、台所の窓からは温かい光が差し込んでいた。
    ぐったりと体をベッドに横たわらせて、ベッドの脇に置いてある棚の上まで左手を伸ばした。
    携帯電話が指先に触れ、それを手繰り寄せ握って、液晶画面が見えるように目の前に持って行く。
    液晶画面は、誰からも電話やメールが来てない事を告げ、あたしに孤独感を沸き上がらせた。

    2007-09-21 03:08:00
  • 43:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    きっと、大学入学当時に出来ていた友人達の携帯電話のメモリーの中に、
    あたしの名前は消去されて残っていないだろう。
    学校にも行かず、自分の気分次第で着信音を無視して、
    たまに来ていたメールさえ、読むだけで返事を出さずにいたのだから自業自得だ。
    最初のうちは電話にも出て、届いたメールも返事を出していた。

    2007-09-21 03:12:00
  • 44:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    けれど、あたしの事を何も知らない友人達の
    「どうしているの?」や「学校においでよ」の言葉に憤りや苛々感が募り、
    いちいち応える事が面倒臭くなり、友人達の連絡を全て無視するようになった。
    彼女達に悪意はなく、心配から来る言葉なのは分かっている。

    2007-09-21 03:15:00
  • 45:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    頭では分かっていても、彼女達が言わなくとも、
    あたしに「早く普通の生活に戻っておいで」と、言葉の裏に込められたメッセージがのしかかり、心に負担を感じた。
    しばらく連絡を無視続けていると、彼女達は、あたしに連絡をしなくなり、
    携帯電話はその機能を働かせられない日々が続いている。

    2007-09-21 03:19:00
  • 46:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    それでも携帯電話の液晶画面を毎日、見てしまうのは習慣から来る物じゃなく、
    まだ、あたしを気にかけて連絡してくれるかもしれないと言う期待感から来る物だった。
    そして、あの人からも、もしかした連絡が来ているかもと考え、見てしまうのも、理由にあった。
    そんな事をしたって期待外れで落胆する事は分かり切っているのに止められない。

    2007-09-21 03:22:00
  • 47:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    あたしは一日の大半を寝て過ごしている。
    目覚めても陽が沈んでいない時間なら、睡眠導入剤を口に放り込み、
    また寝ると言う誰が見ても自堕落で不健康な生活を送っている。

    次に目を覚ます頃、陽は完全に沈み、空は暗い紺色に変わっていた。

    2007-09-21 03:25:00
  • 48:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    その時間に、あたしは、ようやく起き出し観たい番組がある訳でもないのにテレビをつけて、
    膝を折って座り睡眠過多で、けだるく感じる体を壁にもたらせ煙草を吸いながらテレビを眺めた。
    吐き出した煙草の煙越しに、面白く感じないテレビの番組を観ながら、
    昨日、喫煙コーナーに立っていた受付に「三浦さん」と呼ばれた女性の事を思い出した。

    2007-09-21 03:28:00
  • 49:

    さかえ◆9.LmROEOuM

    三浦さんは、いつもどうやって過ごしているのだろうか。
    暇な時間は、あたしに好奇心を沸き立たせる。
    今も大量の物を口に運んで食べているのだろうか、それとも違う事をしているのだろか。
    あれやこれやと想像しながら、あたしは三浦さんに対して、ますます興味を抱いた。
    次の月曜日に、三浦さんに会えるだろうか。

    2007-09-21 03:32:00
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