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  • 1:

    ヨミ。

    カンカンカン。
    遮断機の音が遠くで響く。否、実際は目の前の出来事なのだが憔悴仕切った身体には自分の身に此れから降り掛かるであろう現実を理解するだけの余裕は残されていなかった。
    右に左に素早く移動する赤い光を呆然と見つめ、遠くからやって来る[回送]と表示された電車へと視線を移す。田舎なだけあり、夜中になれば人通りは全くと言って良い程に無くなってしまう。冷たく冷えた夜風に髪をなびかせながら、目の前を通り過ぎんとする電車の前へ足を踏み入れる。  と、その時。

    2010-03-31 04:07:00
  • 2:

    ヨミ。

    卵焼きの匂い。
    窓から入る光に布団を手繰り寄せて頭を覆い隠す。
    布団の中で素足を何度か擦り合わせながら、枕元の携帯電話へと手を伸ばす。  (ちょっと待った)    まだ覚め切らない頭を布団の中からぴょこんと出し、閉じたままの携帯を握り締めて壁に掛けられた古い時計へと視線を向ける。  『やっべ!!!』     布団から勢いだけで飛び起き、枕元に畳んであるカーディガンを手に取って袖を通しながら器用に階段を駆け降りてゆく。時計の短針は六の文字を指していた。今日は休日で学校も休みだ。然し、そんな事もお構い無しとばかりに達巳は廊下を滑る様に走った。

    2010-03-31 04:30:00
  • 3:

    ヨミ。

    『涼夜さん!!!』
    台所の入り口へと手を掛け、勢い良く顔を覗かせればふっくらとした見るからに美味しそうな卵焼きが皿に盛り付けられている最中であった。
    『すいません!今すぐ手伝いますんでそこ、置いといて下さい!』
    食卓の上を拭いてしまおうと調理台の上から布巾を引ったくると、涼夜の返事も聞かずに居間へと走り去ってしまう。       『あ、達巳君。卵焼きで良かったでしょうか。目玉焼きの方がお好きでしたっけ』台所から問い掛けてくる涼夜の声は落ち着いているものの、とても良く通る声だと達巳は食卓を拭きながらそんな事を考える。隣の部屋だという事もあるのだろうが。         『卵焼きで大丈夫です!』こちらは声を張り上げなければならないと言うのに。まぁ、急いた気持ちのまま返事を返しているからなのかもしれないのだが。

    2010-03-31 04:44:00
  • 4:

    ヨミ。

    『休日くらいゆっくり休まれたら良いと思いますが』漬物へと箸を伸ばし、視線は箸の先へと落としたままで口を開く。
    『そういう訳には』   達巳も卵焼きを一つ箸で掴み、大きく開いた口の中へと放り込んでしまう。  『世話んなってるんで』 ごくり、と音を立てて喉を通し、悩む事無く焼き魚へと箸を立てる。
    『生活費は頂いてますよ』『あ、はい。でも生活費とかとは別に。そもそもアレは両親が用意してくれてるもんなんで、俺は俺で家の事は任せてもらってる身なんで』          パジャマの上からカーディガンを羽織る達巳とは違い、朝も早いと言うのに紺の着物を着こなし、達巳の言葉にぽかんと口を開けて動きを止めている。    『相変わらずお堅い』  『いや、涼夜さん程じゃあ無いと思うんで』    言い、達巳は縁側へ続く開き戸の窓から外を眺める。『梅、もう少しですね』 『春も近くなりましたね』庭に植えられた梅の木には幾つかの蕾が並んでいる。『今日も仕事で?』   『ええ、夕方までには』 達巳の質問に淡々と答え、涼夜は一つ咳払いをする。『今回の仕事もなかなか』『へぇ』        怪しげに双眸を細める涼夜の表情を伺い、上機嫌だな、と心の中で呟く。    『ま、拾い物ですが』  そう言葉を洩らした涼夜の声に震えを感じ、辰巳は無言でカーディガンを手繰り寄せた。

    2010-03-31 05:05:00
  • 5:

    ヨミ。

    『と、言う訳でさ』
    『諦めろって?』    畳の上を雑巾掛けしながら縁側に腰を下ろして首だけを振り返らせる少女、那須尋乃へと頷き返す。   『あ〜冗談じゃない』  頷く達巳の姿を見、大袈裟に首を左右に振って見せる。           『あんた暇でしょ』   『忙しくは無いけど』  特に友人の約束も無い達巳は尋乃に返事を返しながら、これからどうするつもりだろうかと立ち上がる。 『涼夜さんが帰ってくるまであんたが相手しなさい』『はぁ?そんな身勝手な』あたしの我儘は今に始まった事では無いでしょ。  尋乃は言い、外の風に身震いすると有無を言わせずに部屋の中へと転がり込む。『帰りは夕方になるって話だったけど?』     居間に置かれた小さな本棚から一つの小説を手に取り、壁ぎわから座布団を一枚持ち出すと、食卓の隣へと静かに下ろす。     『夕飯もお世話になるつもりだから別に良いわ』  『お世話にって、また喧嘩でもしたの?尋乃』   布巾を手にしたままこちらを見下ろす達巳へと視線を上げたが、気にする様子も無く、すぐに食卓の上に置かれた煎餅へと視線は注がれた。

    2010-03-31 12:14:00
  • 6:

    ヨミ。

    『素直じゃないなぁ』  尋乃の天邪鬼的な性格は本人が言う通り、今に始まった事では無い。     学校の中でも和気藹々と楽しげに談笑をしていたりもするのだが、その性格故、中学校では喧嘩が絶えなかった。          女同士のもめ事とはここまで質の悪いものなのかと尋乃を庇いながらそんな事を思っていた気がする。  『女性に怨まれる様な事はしないで下さいね』   貴方を地獄に落とすには気が引けます。      涼夜は微笑み、涼しい顔でそんな事を呟いていた。 『…地獄』       仕事上の話ではあったのだろうが、あの男に罰せられる位ならば彼女を作る事すら躊躇われる。小説を読み始めた尋乃は周りの声が聞こえ無くなってしまう。次の貢を捲り、尋乃の瞳は凄まじい動きで規則正しく並ぶ文字の上を走る。家事の続きをしてしまおう、と台所へと向かう。晴れていると言うのに重たい何かが転がる様なごろごろという音を発しながら、雲は流れてゆく。二人共がそんな事に気が付かないまま、思い思いの時を過ごしていった。

    2010-03-31 12:39:00
  • 7:

    ヨミ。

    『夢を、頂きましょうか』とある喫茶店の一番端の席にその男女の姿はあった。『夢、ですか』     『ええ』        主婦らしい落ち着いた服装の女性の正面に腰を下ろした男、北条涼夜は口元で手を組み、机に肘を付いて女性の顔色を伺っていた。 『金、では無く夢、です』 『お金を払わないだなんて。それに夢だと言われてもどうすれば良いのか…』 不安げに眉を下げる女性の問い掛けに涼夜は組んだ手を崩し、柔らかな笑みを浮かべて見せた。
    『人はね、睡眠中に脳の中を整理するらしいのです』『はぁ』        涼夜の表情に見惚れる様にして女は頷く。     『その時に脳が見せる映像なんですよ。夢、とはね』 『えぇ』        真剣な眼差しで言葉を紡ぐ涼夜を見つめていた女はふと、我に返った様に瞬きをする。         『しかし、その夢をどうしてしまうおつもりで?』 仮にもし、夢を引き渡す事が出来たとして、彼は何を得、自身は何を失ってしまうというのであろうか。 男の瞳は真剣そのものであったが、金は要らぬから夢をくれだなんていう様な変な話は聞いた事が無い。 ただからかわれているだけなのではないだろうかと、そう考えるのが妥当だ。

    2010-03-31 13:09:00
  • 8:

    ヨミ。

    『何に使うのかと問われてしまえば答えかねます。金を何に使うのだと、そう問われてしまう様なものですからね』        顎に手を当て、少し考える様な仕草を見せた後、涼夜はふと口を開いた。   『一つだけ、お教え致しましょうか』       男の言葉に女は素直に頷き、珈琲カップを片手に期待に満ちた瞳で涼夜を見つめる。
    『表の世界では知られていませんが、夢買いという存在がいましてね』    物語を語る様に静かに口を開いて言葉を紡ぎ出す涼夜の声色は暖かく、人を惹き付けるものだった。   『私は謂わば夢売り。闇の中から貴女の様な迷える子羊を助けては夢を頂いているのです。その夢は言葉の通り、夢売りに売り渡す。そういう仕事を私は生業としております』      これ以上は語る必要が無いでしょうと小さく頭を下げて見せる。       『そんな仕事が…』   『人を闇の中から救い出すという事は決して簡単な話じゃあない。況してや命を投げ出そうとしていた貴女の様な人は特に、ね』  その言葉に女は息を飲む。

    2010-03-31 13:57:00
  • 9:

    ヨミ。

    幼い子供がいるのだと、女はそう言った。旦那はと言えば朝から酒を飲み、仕事もせずに寝てばかりなのだと言う。それに対して正当な言葉を述べれば暴力を受けてしまう事もあるという。半ば家出の様に実家を出て来たもので、帰る事は疎か、両親の声すら何年も聞いてはいないのだそう。そんな絶望的な生活の中、心は見る見る内に廃れていき、我が子の事を考える余裕も、生きる為の僅かな光すらも見付けられず、気が付いた時には踏切の前で地面に手を付いていたと言う。

    2010-03-31 14:07:00
  • 10:

    ヨミ。

    『貴女は一体、どうしてしまいたいのでしょうか』 全ての事情を聞いた上で涼夜は女にそう問い掛けた。『裕福な生活を望もうとは思いません。普通の、極普通の家庭にある幸せを手にしたいのです。娘を、人並みの幸せで包んであげたい』
    そう答える女の瞳には涙が浮かび上がり、ほろりと頬を伝い、落ちてゆく。   『貴女が人並みの幸せを手にする為には、どうするべきなのでしょうね?』  胸元から和柄の手拭いを取出し、女の前へと差出す。 何度も頭を下げて差し出された手拭いを手にし、瞼を覆い隠したまま震える唇で言葉を紡いでゆく。   『旦那を…、旦那を』  『仰せのままに』    こんな処で口に出させる言葉では無いだろうと涼夜は一つ頷いて見せる。   公共の場だという事を忘れた様な女の泣きじゃくる姿に呆れる事も無く、只黙ってその姿を眺める。    (この者の夢は、どんな味なのでしょうねぇ)    そんな事に思考を巡らせながら、涼夜は誰にも気付かれ無い程微かに唇の端を持ち上げた。

    2010-03-31 14:25:00
  • 11:

    ヨミ。

    『どうして涼夜さん?』 『何が』        水羊羹を口に運びながら、達巳からの急な問い掛けに首を傾げる。      『学校にもさ、いるじゃない。男子。なのに何で涼夜さんなのかなぁ〜って』  尋乃が涼夜に好意を寄せている事は良く知っている。
    それが恋心というものに当て嵌まるのかどうかはよく判らないままなのだが、将来は絶対に涼夜さんを旦那に貰うんだと意気込む姿は日常茶飯事。よく見かける。『馬鹿ね。涼夜さんがどれだけ良い男かどうかも判らないわけ?一緒に暮らしてて?私よりも同じ時間を過ごしておいて?』    信じられないと言った様に激しく首を左右に振り、羊羹を口に放り入れながらもごもごと答える。

    2010-03-31 14:45:00
  • 12:

    ヨミ。

    『モデルみたいだし』  確かにモデルの様なスタイルではある。少し細く見えてしまうが、着物を身に纏う事もあり丁度良い体型であると思う。何より脚が長い。
    『顔も良いし』     顔、とくれば確かに学校には比べられる男子がいないかもしれない。整った、睫毛の長いその顔は女性を思わせるものだった。    『あたし声フェチだし』 それはこの際どうだって良いと思う。然し、涼夜の声は達巳も気に入っている。あの落ち着いた声に独特の話し方。彼を育てた環境に感謝したいと何時かの尋乃が語っていた気がする。  『大人だしね』     詳しい歳は知らないものの、随分と若いはずだ。あの歳で和を担いでいる涼夜には関心する程に。然し何よりも考え方が大人である。頼りになる事も確かだ。

    2010-03-31 14:57:00
  • 13:

    ヨミ。

    『あの怪しげなとこも』 つまりは全てがタイプ。全てが好みだと言う事だ。怪しげな処、と聞いてようやっと玩具の様に頷きまくっていた思考を止めた。  『怪しげだと思うんならさ、余り深く関わらない方が良いと思うけど。涼夜さんはそりゃ申し分無い程に男前かもしれないけど、あの人は俺とか尋乃とかみたいな普通の人間じゃないよ』その言葉ひ尋乃は眉間に皺を刻み、きつく達巳を睨み付けた。
    『あんた何も判ってない。涼夜さんがこっちの世界の人間じゃない事だって物心付いた時から知ってるし、兄さんは涼夜さんの下で働いてるから関係無くなんて事出来るわけ無いじゃん』机の上を叩きそうな勢いの尋乃に対して珍しくやけに冷静だな、と自分自身、心の中で小さく呟く。
    『好きなら好きで良いし、俺が言う事じゃ無いかもしんないけどね。ただ、あの人は危険だよ』      居候の身でありながら何を、とも思うのだが、間違えた事を言っているとは思う事が出来ない。確かに尋乃の兄である和人は涼夜の部下であるし、関係を持たないという選択肢は無いのかもしれない。けれど、時折鬼の様に嗤って見せる涼夜を知っているからこそ、達巳は近過ぎる関係を望まない。

    2010-03-31 16:36:00
  • 14:

    ヨミ。

    『あんたってさ、涼夜さんの事嫌ってたっけ』   最後の一口を頬張り、冷静さを取り戻した尋乃はぽつり、と声を洩らした。
    『嫌いじゃない。寧ろ兄さんみたいな存在だし好きだよ。だけどやっている事が怖いから。俺はあんまり近寄ろうとは思えない』  空になった皿を二つ重ね、達巳は台所へと向かう。 『弱虫じゃん』     『ん、好きに呼んでよ』 只、自分の素直な気持ちを声に出しただけなのだ。何を言われても惨めだとは思わない。面白く無いとばかりに頬を膨らませる尋乃は勇気があって羨ましいなと思う事も無くは無いが、この話には強がりなど意味を持たないと判っていた。

    2010-03-31 16:44:00
  • 15:

    ヨミ。

    『てかさ、どうやったら和人さんと喧嘩になんの?』このままではこちらまで喧嘩のままで終わってしまう様な気がして改めて小説へと手を伸ばす尋乃へと話題を振る。        『うっさい』      尋乃の兄、那須和人は涼夜以上に大人びた、それでいて怒る素振りを全く見せる事の無い出来た兄だ。そんな彼と喧嘩をするなど、普通に考えればあり得ない事の様に思えた。     『尋乃が原因でしょ?』 『あたしじゃない!』  声を張り上げ、怒りを表わにする尋乃の剣幕に後退りながら、両手を目の前にかざして指の隙間から尋乃の様子を伺う。      『だって想像つかない』 『和兄が無口過ぎたの!』机の上に置いたままの本(涼夜の物である)を激しく叩きながら、尋乃は叫ぶ。 『は?』        『だ・か・ら!あたしがその日あった出来事を和兄に話してるってのに適当に頷くだけなのよ!?可愛い妹が一生懸命話してるってのに手帳見つめてコクコク馬鹿みたいに頭上下させてるだけなんだもん!幾らおとなしいあたしでもいい加減腹が立って!』      ん?誰がおとなしいって?と聞きなおしてやろうかとも思ったが、面倒事をわざわざ増やす必要も無いかとわざとらしく驚いて見せる。

    2010-03-31 17:00:00
  • 16:

    ヨミ。

    『あ、ああ!確かに!和人さんてば無口だもんね!そりゃ尋乃が腹立つのも仕方無いかもしれないなぁ!』『でしょ!?何だ、話し通じるんじゃん』     こんな演技に騙されてしまう尋乃は何て単純で何て子供なのだろうか。と、幼なじみの満足気な表情を見下ろしながら純粋に呆れた。 『ね、達巳。もうそろそろじゃない?涼夜さんが帰ってくる時間。晩ご飯の準備は良いの?』       『あぁ本当だ。下拵えは昼前にやっておいたから後は煮込むだけなんだけど』 居間に壁に掛かる掛け時計へと視線を向け、尋乃の言う通り、涼夜が帰る時間が近い事を確認した。   『あたしも手伝う!』  『良いよ。一人で十分』 立ち上がろうとする尋乃の肩を抑えつけるが無駄な抵抗だとばかりに無理矢理立ち上がり、達巳の腕の間をすり抜けて台所へと駆けて行った。
    (和人さんも苦労人だなぁ)尋乃の背中を見つめながら達巳は今日何度目か判らぬ溜め息を吐き出した。

    2010-03-31 17:12:00
  • 17:

    ヨミ。

    『拾い物だなんて珍しいな。余程良い客なのか?』
    茶髪の短髪を適当にセットした長身の男は前を歩く涼夜の背中へと問うた。  『ええ。美味しそうな匂いに釣られて、つい』   柔らかな笑みを見せる男は滅多な事では笑わない後ろの男、那須和人を振り返る。『あんたの期待通りか』 上機嫌な涼夜の表情を見、一つ溜め息を溢すとポケットから携帯を取出し、待ち受け画面に描かれた鷹の絵を見つめる。      『さぁて、どうでしょう』手に握られた白い紙を和人へと差し出す。
    『ん?何だ』      『私には必要がありません。貴男"方"が使うと言うのであれば差し上げますよ』軽く皺の付いた白い紙を受け取り、元は二つ折りだったらしいそれを開く。
    『住所、か』      そいつは必要だな。   そう呟いて和人は通りを角に曲がろうと歩く。   『頼みましたよ』    こちらに背を向けたまま片手を振る涼夜の姿を見送り、和人は又も携帯の画面を見つめた。
    『あいつ帰ってんのか?』動物に例えると涼夜は鷹だと思う。そう言って和人のパソコンで描いた尋乃自作の鷹の絵だ。以降涼夜が上司である限り服従を誓うと言う意味で携帯の画面はこのままね。と、前の待ち受け画面を消され、鷹の絵になってしまったと言う訳だ。『だりぃな』      呟き、先程受け取った紙をポケットへと突っ込む。帰ってなければ探しに行かねばならないでは無いか。そんな事を呟きながら。

    2010-03-31 17:36:00
  • 18:

    ヨミ。

    『只今帰りました』
    玄関の戸を開き、靴脱場に腰を下ろして草履を脱ぐ。ふと玄関の端の見慣れぬ靴に目が行き、誰か客が来ているのだろうかと耳を澄ましてみる。何やら台所で大きな音がしたかと思えば、達巳の大きな声が響いた。『ちょ…中途半端だなぁ』足音を立てぬ様にと進み、居間へと続く障子へと手を掛けた瞬間。
    『涼夜さん!お帰り!』  半ば強引に右腕が持っていかれかけたが、障子の隙間に指が詰められてしまう前に手を離す事が出来た。 『いらっしゃってたんですか。来られる前に電話の一つでも下さったなら有名な和菓子屋でお土産も買って来ましたのに』     瞳を輝かせてこちらを見上げる尋乃へと微笑み掛ければ、ぶんぶんと頭を振る。 『そんなの全然!それよりも涼夜さんにお願いがあるんだけど聞いてくれる?』幼い子供の様に下唇を小さく噛んで見せる姿には達巳と同い年であるという事を忘れてしまいそうになる。『内容によりますね』  首を傾げれば尋乃は着用したままのエプロンの両端を摘み上げ、にこりと笑う。 『晩御飯、お世話になっても良いかなぁって』   どうやら晩御飯の支度を手伝ってくれていたらしい。『そんな事でしたら是非』頷き、尋乃の頬に付いたままの小麦粉を指の背で撫で落とす。

    2010-04-01 23:41:00
  • 19:

    ヨミ。

    『お帰んなさい』    顔を真っ赤に染めた尋乃から視線を外せば割烹着に身を包み、銀のボウルを抱えた達巳が顔を出した。  『ええ』        頷き、尋乃と達巳の間を通り過ぎて居間へと足を踏み入れる。ほんのりと暖められた室内の空気に羽織を脱ぎ部屋の壁に掛けられたままのハンガーを手に取る。『尋乃さん?』     特に皺が目立つ訳では無いものの、壁に掛けた羽織を優しく伸ばしながら背後に立つ尋乃へと声を掛ける。『和人君が捜しているかもしれません。連絡を入れては如何でしょう。何なら和人君も誘うと良い』   涼夜の言葉にそれは良い案ですね、と意地悪く微笑み、台所へと戻ってゆく達巳の背中を睨みつけながら素直に返事を返し、部屋の隅の棚の上に置かれた黒電話の元へと歩み寄る。    『電話借りまーす』   『ええ、どうぞ』    慣れた手付きでダイヤルを回す姿を見ていると、今時の子供は黒電話の掛け方を知らないのだろうなぁという現実に寂しくなる。   (アレはアレで好きなんですけどねぇ)      昔ながらの物を愛して止まない涼夜は心の中で呟き、台所へ歩を進める。

    2010-04-02 00:04:00
  • 20:

    ヨミ。

    『今日はお団子のお味噌汁ですよ。涼夜さん、これ好きでしたよねぇ』     ボウルの中身をお玉の上に乗せ、沸騰する味噌汁の中へと落としてゆく。
    『大好きです』     お団子というのは小麦粉を水で溶いた物を味噌汁の中で一口大に固めた物の事を言うのだが、もっちりとした食間もそうだが、婆ちゃん子だった涼夜は子供の頃にその味噌汁をおやつ代わりに食べる事もあった程に大好物な物であった。  『仕事は順調ですか』  小皿に乗せた茄子の漬物を涼夜に差出す。     少し悩む仕草を見せたが、口元を緩め指先で漬物を一掴み掴むと、口の中へと放り込んだ。

    2010-04-02 00:17:00
  • 21:

    ヨミ。

    『どうでしょうね』   既に暗くなりはじめている外からの紅い光に妖しく瞳を光らせて笑う。涼夜がこの言葉で曖昧に答える時は部下に仕事を任せている時である。時折仕事の話でやって来る和人は、指示が荒過ぎて困る。と、そんな事を言っていた。意外にも大雑把な処のある涼夜は、自分の仕事以外の事は殆んど和人に任せているのだとか。然し、それだけ重要な仕事をすんなりこなす和人はやはり立派と言うか頼りになると言うか。涼夜には必要不可欠な存在だろう。そして彼を支える残りの三人も中々の強者である。顔を見せる事はあまり無いのだが、涼夜は全ての人間に信頼を置いていた。
    『涼夜さーん!和兄が電話変わってくれってさ!』 用件が済んだらしい尋乃は、古びた受話器を片手に畳に手を付き、こちらを覗き込んでいた。      『分かりました』    こくりと頷き尋乃から受話器を受け取ると壁に凭れ掛かり、天井を仰ぎながら時折肩を震わせて笑って見せたり、ほんの少し驚いた様に目を開いてみたりと忙しく表情を変えた。
    『心配せずとも覚えましたよ。お二人にも連絡、お願いしますね。頼りにしていますから和人君』     そう言い、受話器を黒電話の上に直すと顎に手を当てて考える仕草をした後、ぽつりぽつりと何かを呟く様に唇を動かして見せた。

    2010-04-02 01:35:00
  • 22:

    ヨミ。

    『ご飯入れましたんで』
    『あぁ、すみません』  座り込む涼夜を見下ろし声を掛ければ何時もの様に甘い表情を見せ、よっこらせという掛け声と共に腰を起こした。尋乃は既に座席に着いて手を合わせている。尋乃の向かい側に達巳が座り、二人を見守れる位置に涼夜が腰を下ろす。   『それじゃいただきます』『いただきま〜す』   『はい。いただきます』 達巳のゆるい掛け声を合図にし、箸を握った。    皆思い思いの物を食べ、尋乃は涼夜が居るという事実に満足気に微笑んでいる。『そう言えば和人さん、良かったの?尋乃』    そう問えば尋乃は箸をくわえたままこちらを見つめ返す。          『やる事があるからお前だけ食ってこいってさ』  尋乃は現在、兄である和人と二人暮しである。   両親とは仲が良いのだが、父親の転勤先が海外であった為、和人と二人で生活を送っているのだとか。  食事も偏りがちな気もするのだが、和人は妹である尋乃とは違い何でもこなすタイプの様で、大概の料理は難なくこなすのだと尋乃が話をしていた。     歳が離れている事もあってなのか、お喋りな尋乃とは比べ物にならない程に物静かな和人だが、誰からも頼りにされる人間であった。

    2010-04-05 02:20:00
  • 23:

    ヨミ。

    『こっちに居るのならまぁ安心だろう、と言っていましたからね。彼も心配していたみたいですよ?』  どうやら尋乃が和人が喧嘩をしているという情報は和人自身から聞いていた様子で、口元に笑みを浮かべながら答える。      『和兄、謝る気全く無さそうだったし。ていうかもう良いかなぁーって』   和人が謝るというのはどうなのだろうか。後の二人はそんな事を考えながらも、尋乃が諦めたのだからそれで一件落着だろうと頷く。『兄妹なんてそんなものですよ。きっとどこでも』 味噌汁を全て飲み込み、涼夜は手を合わせて先に食べ終わってしまった。
    『あれ、涼夜さんおかわり良いんですか?まだ結構ありますよ?』      立ち上がる涼夜にそうこえを掛けるが、また明日頂きます。そう言って台所へと向かってしまった。
    『尋乃さん。是非ごゆっくりしていって下さいね』 まだ食事中である尋乃に一声掛け、涼夜は居間から出て行ってしまう。    こくりと頷いた尋乃だったが、目の前で笑いを堪える幼なじみに気付くと眉間にくっきりと跡の残る皺を刻んだ。

    2010-04-05 11:07:00
  • 24:

    ヨミ。

    廊下を歩いて行けば薄らと明かりの灯る部屋が目に入る。障子越しに黒い影が伸びており、壁に長い闇をつくっていた。
    『涼夜さん、』
    一声掛ければ影はぴたりと動きを止めて、こちらを振り返る体勢となった。
    『どうぞ』       静かな空間の中で響く声に導かれるように障子に手を掛ける。薄く開けば障子の隙間から涼夜の背中を捉える事が出来た。     『お邪魔します』    部屋の中を見回せば文机の隣に添えられるように立てられた行灯が柔らかな明かりを放っていた。そんな薄暗い部屋の中で涼夜は何か本を読んでいるらしかった。こんな暗がりの中で本なんか読んだら目を悪くしますよと注意を呼び掛けた事もあったのだが、涼夜はいやに視力が良かった。  『尋乃、帰りました』  『そうですか』     この人物の凄いところは本へと視線を落としたままで会話が成り立つところだろうと思う。自分ならまず頭の中がごちゃ混ぜになって意味の解らない事まで口走ってしまう事だろう。  『えらく余裕ですね』  達巳の問い掛けに涼夜は一瞬顔を上げ、文机の上に置いてある万年筆へと視線を向けて軽く鼻で笑って見せた。こちら側から表情を伺う事は出来ないが、きっと愉しげに目を細めている事だろう。        『部下達が優秀なもので』それは確かだろう。尋乃の兄である和人は勿論の事。時折顔を出す三人の部下達も酷く頭のキレる人間達であるのだから。

    2010-04-22 14:45:00
  • 25:

    ヨミ。

    『だぁーックション!!!』
    車の助手席に乗った赤毛の少女は勢い良くくしゃみをし、鼻を啜りながら隣に座る女性が差し出したティッシュを受け取る。
    『風邪ひいてました?』 『いんや、んな事無い』 鼻をかみながら窓の外を流れてゆく景色に視線を向ける。田舎だという事もあり、遠くの方は空の闇と同化してしまい家の形を捉える事も出来ない。見えるのは車の明かりで照らされた十数メートル程の距離と、夜空に光る無数の星のみ。  『何しにアレは此処まで来よったんや。何も見えん』短い髪を赤く染めた少女は漸く落ち着いた様子で、隣で車を運転する眼鏡の女性へと声を掛ける。    『此処でお客様を拾ったと仰ってましたよ』    無表情のまま返事を返す女性へと赤毛の少女は呆れた様子で溜息を吐く。   『何が客や。犠牲者やろ』『そんな仕事に手を貸しているのですから他人事ではありませんよ、椿』   椿と呼ばれた少女は眉間に深い皺を刻み、背凭れに頭を預けて目蓋を閉じる。 『疲れるわ』      『仕事はこれからです』 知的な女性は一つの踏切の前で車を止める。目的地に到着したという事実に又も深い溜息を吐きながら椿は車を降りる。それに続いて女性も車を降り、カンカンカンと音を立てる踏切を眺めながら眼鏡を直した。 『一瞬で終わらしたる』 ズボンのポケットに手を突っ込み、スニーカーの先で地面の石を転がしながら遠くから走り寄る電車の光を見つめ続ける。     『幸せなる言うんなら』 短い髪を緩やかに揺らしながら目の前を通り過ぎてゆく電車から視線を外して車のドアへと手を掛けた。 『紗織、はよ行こ』   椿の横顔を眺めていた紗織は何かを悟ったかの様にドアへと手を掛けて車に乗り込んだ。

    2010-04-22 15:30:00
  • 26:

    ヨミ。

    『今回も四人、ですか』
    こちらに背中を向けたままの涼夜の首筋を見つめながら畳に腰を下ろす。やけに白い肌は薄暗い部屋の中でもはっきりと浮かび上がり、何だか不気味だと思ってしまった。
    『連絡が取れませんから』小説の貢を捲り続けながら当たり前だとばかりにそんな事を口にする。    『また旅に?』     『どうでしょう』    彼にしては随分と素っ気ない返事なのだが、達巳は気にする様子も無く畳に指を這わせながら言葉を並べてゆく。         『俺、たまに思うんです』涼夜は小説の表紙を閉じ、背後に腰を下ろす達巳の指先を眺める。畳の目に爪先を引っ掻けながら虚ろな瞳を揺らしていた。    『どうしてそんな平気な顔で一人の人間を地獄に落とす事が出来るんだって』 言ってはいけない事だと、聞いてはいけない事だと分かってはいても口から滑り出てゆく言葉を止める事は出来なかった。     『父さん、』      畳の上を滑っていた手を止め、涼夜に向き直り力強く拳を握り締める。    『父さんは殺された。俺は犯人を恨んでます。刑務所の中で平々凡々と過ごしてる犯人を許せない。この世から消してやりたいとも思うんです』       だけど…。       『父さんがいなくなって母さんは毎日泣いた。俺だって毎日苦しみました。そんな風に…涼夜さん達が消してきた人達の家族や友達の中にもそうやって苦しんでいる人がいるかもしれない。そうは思いませんか』

    2010-04-25 23:41:00
  • 27:

    ヨミ。

    『君の言っている事は解らなくも無いです。然し私達はその過ちに身を沈めてしまっている』      まるで手遅れだとばかりにそんな事を口にする涼夜に膝に置いた手の平を強く握り締めながら言葉を返す。『そんなの初めからやり直せば良いじゃないですか』自分の言っている事が間違っているのかと問われればそうで無いと良いきれる。この頑固な性格は父親譲りなのだろうか、そんな事を考えながら返事を待った。『彼等は大丈夫ですよ』 『え?』        こちらを振り返り正座をし、膝の上に小説を乗せたまま返事を返す。     『彼等はまだやり直しがききます。私はと言えばもうこちら側の世界には戻る事の出来ない人間ですから、化物と言った処ですし今更罪を洗い流す訳にもやり直す訳にもいかないのです』『…化物だなんて』   確かにこの平和な日常の中から見れば涼夜という人間はを知る者ならば何処か遠い世界から来たのでは無いかと思ってしまうだろう。

    2010-06-21 01:56:00
  • 28:

    ヨミ。

    『人の血を吸う化物です』ぼんやりと柔らかな灯りに照らされたその表情は優しく微笑んでいると言うのに何故だか酷く哀しげに見えた。人間の子として産まれ、人間の子として育ったはずの彼がどうして化物という未知の存在を手に入れる事となったのか。その理由を達巳は知らない。    『君は優しいです』   だから私の仕事には関わらない方が良いですよ。  そう呟いた彼の声はやはり落ち着きを保ち、脳天に直接届いてしまうかのように透明で暖かかった。

    2010-06-21 02:06:00
  • 29:

    ヨミ。

    ジリリリリー…     電話が鳴り響く。    何十年も昔の物であるからなのか、子供の玩具のような音を上げる黒電話の音に達巳ははっと我に返り、涼夜へと頭を下げて部屋を出る。        『こんな時間に誰が』  時計へと視線を向ければ十時を回っており、こんな時間に電話が鳴る事など殆んど無い。けたたましい音を立てる電話へと走り寄り、受話器を持ち上げ耳へと当てる。

    2010-06-22 02:10:00
  • 30:

    ヨミ。

    『もしも…』      『もうすぐ着く』    名前を告げる暇も無く素っ気ない女性の声が耳へと届く。聞き覚えのある声に達巳は床へと腰を下ろし、へらりと笑って言葉を返す。『椿さん?』      『あ?』        『達巳です』      どうやら涼夜本人だと思っていたらしいその反応にまたも可笑しくなって眉を下げる。         『おー!久し振りやのぉ』『ご無沙汰してます』  素っ気ない口調から彼女らしい元気な声へと変わる。『涼夜は?』      『部屋にいますよ。呼んできましょうか?』    そう問い掛けてみたものの、家の外でバタンと何かを閉じる音が聞こえた為にそれも必要無いかもしれないとそんな事を考えながら返事を待つ。       『鍵開けてくれりゃええ』やっぱり。急な話だなぁと内心で呟きながら受話器へと返事を返す。     『はい』        受話器を下ろせばチンと軽い音が鳴った。

    2010-06-22 02:25:00
  • 31:

    ヨミ。

    玄関の向こう側の明かりを点ければ女性の物と思しき影が二つ並んで見え、達巳は廊下から玄関へと下りてサンダルを履きつつ引き戸へと手を掛ける。     『よぉ』        『こんばんは』     引き戸を開けばポケットへと手を突っ込んだまま無邪気に笑う赤毛の女性とそれとは対象的に丁寧なお辞儀をする女性の二人が立っていた。          『どうぞ、入って下さい』二人の挨拶ににこりと返事を返して玄関の中へと迎え入れてゆく。      『どうも』       ふいに声が掛けられ、誰に掛けられた言葉かも解らぬまま三人共が廊下の先を覗き込む。階段へと続く廊下の角からひょっこりと顔を出す涼夜を見つけ、靴紐を解く手を止めて椿が怪訝な表情を見せる。     『えらい元気そやなぁ』 『お陰様で』      嫌味の一つもくれたところで椿は靴を脱ぎ終わり、迷う事無く居間へと入って行ってしまう。      『すみません』     そんな椿の代わりにと謝って見せる紗織に涼夜は優しく微笑みかけ、居間へと入るよう促す。そんな三人のやり取りを眺めながら一人遅れて居間へと足を踏み入れる達巳であった。

    2010-06-22 03:51:00
  • 32:

    ヨミ。

    『和兄、携帯鳴ってる』 『ん?あぁ』      手帳を片手にソファに腰を下ろしていた和人の携帯が鳴り、濡れた髪をタオルで拭きながら尋乃がテーブルの上から携帯を取り和人へと差し渡す。          『達巳から?』     『……………』     首にタオルを掛け、和人の隣へと腰を下ろすと躊躇いも無く携帯の画面を覗き込む。『うっわ!椿さんと紗織さん来てるんじゃん!和兄今から行くんでしょ?あたしも連れてってよ』    メールの内容を覗かれている事もお構い無しで二つ折りになった携帯を閉じ、天井を見上げながら口を開く。『早く髪乾かせてこい』 『はいはーい』     上機嫌になった妹を視線の端に捉えながら一つ小さな溜息を吐いた。

    2010-06-22 04:05:00
  • 33:

    ヨミ。

    『達坊、連絡したんか?』『返事は無いですけど、多分もうすぐ来ると思いますよ。涼夜さんからの連絡だと言ってありますし…ってか達坊は無いですって』 卓上に何かを広げ、会話をしている二人を余所に椿と達巳は何処からか持ち出したオセロを打ち合いながら会話を続ける。      『うちからすりゃ坊主や』『んな歳かわりませんて』相変わらず親父のような事を言う人だなぁと思いながらも久々に聞く関西弁は何とも居心地が良かった。 『達坊彼女出来たんか?』『俺ですか?そんなわけ』ある訳が無い。顔が悪い訳でも無ければスポーツや勉強が出来ない訳でも無い。欠点があるとすればそのどれもが普通だと言う事だろうと自分でもわかる程にあまりにも平凡過ぎる人間なのだと思う。       『出来ませんよ』    『相変わらずやなぁ』  けたけたと笑う椿は見た目はボーイッシュでど派手な、それでいてサバサバとした印象を受けがちだが、日常を共にする紗織の前では可愛らしい一面を見せる事もあるらしく、一度椿へと恋心を寄せた事もある達巳は少し羨ましいと思った事もあった

    2010-06-22 04:22:00
  • 34:

    ヨミ。

    (尋乃も来たんだ、)   何と無く重たくなった身体に無理を聞かせ、立ち上がり玄関へと向かう。   『いらっしゃい』    『皆は?』       玄関先に立つ和人と尋乃へと声を掛ければ真っ先に尋乃が声を上げる。    『中にいるよ、入って』 『はいはーい』     上機嫌な尋乃の背中を見送り背後に立つ長身の男、和人へと視線を向ける。  『遅くにすいません』  『いや、馴れてる』   皆が集まる時は大概が夜遅くなのだ。その度に和人へと連絡を送るのだが、和人は文句一つ溢す事無く呼び出しに応えてくれる。  『晩飯世話になったな』 『和人さんも来れば良かったのに』        用があったんだ。そう返事を返す和人はあまり表情を変える事が無い為感情が読みにくいのだが、物分かりの良いしっかりとした人物だと分かっている為に遠慮無く話掛ける事が出来る。

    2010-06-22 17:30:00
  • 35:

    ヨミ。

    『涼夜も中か?』    『ええ』        入る用に促すと廊下へと上がり居間の中へと入ってゆく。騒がしくなった我が家(居候の身なのだが)に一つ深呼吸をし、布団の用意をしないとなと居間とは別の部屋へと足を運んだ。

    2010-06-22 17:37:00
  • 36:

    ヨミ。

    『今回はどうするの?』 『うちのナイスな蹴りで気絶させる事から始めんや』 尋乃の無邪気な問い掛けにこれまた無邪気に返事を返す椿だが、物騒な事を口走っている事には違い無い。『椿、辞めなさい』   『ええやん。尋乃やで?』紗織の制止に頬杖をつきながら返事を返す。何時かうちらの下で働くんやから。そんな事まで呟く始末で仕舞には和人にまで余計な事を吹き込むなと注意を受けている。皆が揃ったという事もあり、軽いお茶請けと人数分の茶を盆に乗せて居間の中央へと運ぶ。

    2010-06-22 17:46:00
  • 37:

    ヨミ。

    『下手な作戦は必要無い』卓上に湯呑みを並べていると涼夜がふとそんな事を口にした。皆が湯呑みへと伸ばしていた手を止めて涼夜へと視線を向ける。   『始末方法などどうだって良いです。大切な事は人に見られてしまわない事でしょう』         『確かに、な』     顔の前で手を組む涼夜へと相槌を打つ和人であったが、和人の前に座っていた椿があからさまに嫌な顔をする。          『始末するんはうちや』 椿の言葉はごもっとも。始末をするのは大概が椿だという事も分かっている。

    2010-06-22 19:30:00
  • 38:

    ヨミ。

    『作戦などが無くとも椿ならば勢いだけで十分に仕事をこなせるでしょう』  眼鏡を持ち上げ、地図へと視線を向けながらそんな言葉を吐き出す紗織に同意するように涼夜と和人が揃って頷く。        『人を猿みたぁに』   『子供じゃないんだから』段々と機嫌を損ねてゆく椿を気に掛ける事も無く涼しげな表情のままに涼夜を見据え、口を開く。     『にしても随分と遠出を為さったのですね』    『えぇ、まぁ』

    2010-06-23 01:31:00
  • 39:

    ヨミ。

    『なんぼ程被害者に興味があんねや、この変態が』 皆の会話を聞いているととてもじゃないが涼夜の部下だとは思え無い。ひどい言われようだと思いながらも会話の邪魔にならないようにと口を閉じる。    『依頼者、ですよ』   『せやから同じや』   変態と言われた事に対しては何とも思っていないらしく、和やかな表情で椿の相手をする。

    2010-06-23 13:18:00
  • 40:

    ヨミ。

    『どれ程かかった』   『二時間は軽く』    視線は地図へ向けたまま、湯呑みへと手を伸ばしつつ紗織の返答に小さく頷く。『そんなもんか』    そう呟いた和人の横顔は真剣そのもので、大切な話だと解っているからなのか尋乃も口を出す事は無い。 『実行は』       『明日の晩にでも』   毎度の事ではあるのだが余りにもあっさりと終わってしまいそうな会議にこちらが驚かされてしまう。  『達巳君』       『え、あ…はい!』    部屋の片隅で皆の様子を伺っていたのだが、突然の呼び掛けに反応が遅れる。 『部屋の用意を』    『それなら出来てます』 何時だって急な話なのだ。客室の掃除は普段から欠かさず行っているという事もあり、布団を用意するだけであった為にそこまで時間が掛かると言う事は無かった。

    2010-06-23 13:47:00
  • 41:

    ヨミ。

    『それは有難い』    にこりと微笑んで見せる涼夜を煙たがるように卓上に立てた左腕をぱたぱたと振り回しながら紗織の顔を覗き込む椿。       『疲れたやろ、寝るか?』『そうですね。夜も遅いですし、休ませて頂くとしましょうか』       二人のやり取りを黙って見ていた尋乃であったが、何かを閃いたかのように瞳を輝かせつつ立ち上がる。

    2010-06-23 17:00:00
  • 42:

    ヨミ。

    『あたしも泊まりたい!』相変わらずの我儘っぷり。普段から馴れているという事もあり内心呆れるだけで外に出す事は無い。然し空気を読めなさ過ぎる妹に対していい加減痺れを切らしたらしい和人が口を開く。『今日は辞めておけ』  『だって椿さんも紗織さんも滅多に会えないじゃん』確かにそれはごもっとも。涼夜を中心に仕事をしてはいるものの皆がご近所な訳では無い。和人などは偶然にも近所であっただけであり、椿と紗織に関しては二人でルームシェアをしながら暮らしているらしく、都会で暮らす彼女らはこの田舎へと足を運ぶだけで随分と時間が掛かるはずなのである。

    2010-06-24 03:45:00
  • 43:

    ヨミ。

    『心配ありませんよ』  そこに口を挟んだのは涼夜だった。        『彼女達には当分居て頂く事にしましたからね』  今のは聞き間違えだろう。そう考えつつ椿と紗織を交互に見るが二人共特に変わった様子は無い。普段ならば涼夜の言葉にありえへんなどと呟いているはずの椿が涼しげな表情を見せている。可笑しいな…。    『あの、涼夜さん?』  『あぁ、達巳君に話すのを忘れていました。そういう事ですので宜しくお願いしますね』        (あぁ、そうだった)   顔が良くともスタイルが良くとも涼夜という男はこう、マイペースな人間であったのだ。第一この家は涼夜の物。自分はただの居候。口を挟める程に偉くは無い。とにかく今は無言で頷く事しか出来なかった。

    2010-06-24 18:38:00
  • 44:

    静まり返った部屋の中、文机の引き出しから一枚の写真を取出し眺める。写真にはまだ幼い子供とそれに寄り添うように綺麗な女性が一人、そして椅子に腰を下ろして幸せそうに微笑む老婆の姿が。涼夜はその写真を指先で撫でると一つ小さな溜息を吐いた。薄明かりに照らされたそれを裏返し、見なかった事にするかのように引き出しの奥へとなおしてしまう。過去など記憶の底へと堕ちて無くなってしまえば良いのに。そんな事を考えながら頭をうなだれさせた。

    2010-06-25 07:43:00
  • 45:

    ヨミ。

    朝。未だ肌寒い部屋の空気に布団を手繰り寄せ欠伸をしてから天井を見上げる。昨日の晩はえらく騒がしかったような気がする。張本人である尋乃は和人と一緒におとなしく帰っていったし、仲の良い二人も彼等が帰るとすぐに部屋へと消えてしまった。部屋に灯りが灯っていた事からその時点で涼夜はまだ起きていたのかもしれないが、何にしろ漸く訪れた休息だった。

    2010-06-25 07:49:00
  • 46:

    ヨミ。

    重たい身体を無理矢理持ち上げ、大きいとは言えない窓へと手を掛ける。カーテンを開き、鍵を開けてから窓をほんの少しだけ開くと朝の透き通った風が頬を撫で上げ通り過ぎた。と、窓の外。庭に誰かの影を見付け、自分の身体が外へ出るだけの隙間を開けて覗き込む。 『あれ、椿さん?』   『おぉ達坊か。はよさん』清々しい朝の空気に似合う爽やかな笑顔を浮かべ、こちらを見上げて片手を上げる椿の赤毛が眩しく光る。『朝早いですね』    『身体動かさんと動き鈍ってまうからなぁ。眠うても起きんとあかんねや』  癖ついてもうたけどな。そう笑って見せる椿に笑顔を返し、遠くに見える山を眺めながら伸びをする。

    2010-06-25 07:58:00
  • 47:

    ヨミ。

    『朝飯何が良いですか?』そう問い掛けると屈伸させていた身体を伸ばし丸い目をしてこちらを見上げる。『まだ達坊が作ってんか』『えぇ』        そう返事を返すと顎に右手を当てて首を捻る仕草を見せ、にこりと微笑みながら返事を返してくる椿。  『朝は卵焼きやろ』   『了解です』      こくりと頷き、窓の隙間を小さくしてから部屋を出る。今日も騒がしい一日となるのだろうか。そんな事を考えながら階段を降りた。

    2010-06-25 08:06:00
  • 48:

    ヨミ。

    廊下へと下りて居間へと足を運ぶ。そこで縁側を大きく開き、掛け声と共に複雑な動きを見せる椿を眺める紗織の姿を見付ける。  『おはようございます』 『あ、達巳君。おはようございます。良い天気ですね』そう言って微笑む紗織は朝も早いと言うのに長いであろう髪を綺麗に結い、パリッとした事務的なシャツを着てたたずんでいる。    『相変わらず早いですね』『椿が早いものだから』 そう呟く紗織に思わず笑みが洩れる。どんな形で二人が出会ったのかは詳しく聞いた事など無いが、本当に仲が良いのだと思う。昔からちょこまかと動き回る椿の背中を何も言わずに見守っていた。きっと普段からそうなのだろう。

    2010-06-25 08:17:00
  • 49:

    ヨミ。

    『まるで姉妹みたいです』『客観的に見ればそう見えてしまうかもしれません』姉妹で言うのならば紗織は間違いなく姉だろう。幾つ歳が離れているのかなど知らないし、聞いた事も無い。もしかすると同い年であるかもしれない。そうなってしまうと頭の中のイメージは崩れ去ってしまうのだが、それはそれで仕方が無い。

    2010-06-26 01:03:00
  • 50:

    ヨミ。

    『私達の関係は言葉では言い表わせませんから』  遠くを眺めながらそう呟く紗織の横顔は憂いを帯びていて、何処か寂しげに見えた。今はこれ以上入り込んではいけないような気がして、一つ頭を下げてから台所へと向かう。未だ顔を見せない涼夜の心配など余所にやり、きっと一人で食べる事になるであろう晩飯の献立を頭の中に浮かべた。

    2010-06-26 01:08:00
  • 51:

    ヨミ。

    ギシリー…
    古びたアパートの廊下を進み一番奥の部屋、安達と書かれた小さなプレートを確認してから戸を叩く。    『入っていーよー』   部屋の中から微かに聞こえた声に頷き、これまたギリギリと音を立てながらドアノブを回して戸を開いた。
    『やぁ、お早よう』   『お早うございます』  玄関から入って左側が台所スペースになっており、居間は玄関から真直ぐ進んだところにあるのだが部屋の中が丸見えになっており、首にヘッドフォンを掛けた金髪の男がこちらへと手を振っている姿が見受けられた。

    2010-06-27 01:49:00
  • 52:

    ヨミ。

    部屋の中だと言うのにサングラスを掛けたその男はへらりと笑みを見せながら立ち上がり、台所へと出て来る。 『相変わらずだねぇ』  『朝早くにすいません』 小さな食器棚から硝子のコップを取出し、やはりにやにやと笑みを浮かべながら冷蔵庫へと手を掛ける。  『いやぁ、よそよそしいなぁと思ってね。てか入んなさいな。風邪ひくよ?』 無言で頷き、居間へと歩を進める。部屋の中はアパートの外見に相応した雰囲気なのだが、安達の性格からか意外と片付いており、開いたスペースへと腰を下ろす。

    2010-06-27 01:57:00
  • 53:

    ヨミ。

    『いい加減敬語は辞めな』『…………』      微笑んでいるのだろうが、サングラスのせいで瞳の色が伺えない為に何とも怪しげな笑みを浮かべているように思えて仕方が無い。涼夜へとそんな言葉を掛けながら硝子のコップを小さなテーブルの上へと下ろし、先程まで座っていた場所に腰を下ろす。
    『君に敬語は似合わない』何かの拍子にケタケタと笑いだしそうな表情で言葉を紡ぐ安達の姿に溜息が出る。

    2010-06-27 02:04:00
  • 54:

    ヨミ。

    『お友達じゃないの』
    『そんな昔の事…』   コップを手に取り口を付けながら返事を返す。あぁひどい、と唸る安達を尻目に相変わらずだなと考えながらコップをテーブルの上に戻す。 『今はただの取引相手だ』『へぇ、言うねぇ』   口調を変えた涼夜を視線の端に捉えながら安達は喉の奥で笑ってみせる。

    2010-06-27 02:10:00
  • 55:

    ヨミ。

    安達宗志。涼夜とは幼なじみであり今現在はとある仕事の取引を行う仲である。夢買い。そんな単純かつ童話にでも出てきそうな仕事を生業としてきた男。涼夜が苦手とする類の人間で、何か言えばとへらへら笑ってはいるものの内心何を考えているのかが未だに理解出来ずにいつも中途半端な気持ちで帰る事となる。一番関わりたくない男であり、関わらざる終えない男でもある。

    2010-06-27 02:18:00
  • 56:

    ヨミ。

    『で、話ってのは?』
    『解っているはずです』 コップを手にしたまま親指でくいっとサングラスを掛け直し、またも敬語に戻ってしまった涼夜を見つめる。  『あ〜…』       あまりにも素っ気なさすぎる返事に肩を落としつつ、テーブルの上に置かれた煙草の箱へと手を伸ばす。後ろを振り返り、ほんの少しだけ開かれた窓を確認してから静かに口を開く。

    2010-08-02 02:21:00
  • 57:

    ヨミ。

    『世の中不景気でねぇ』
    僕なんてこのぼろアパートから出る術も見つけられないよ。煙草に火を着けながら呑気にそう呟く安達の言葉に内心呆れつつ、落ち着かない雰囲気に足を崩して胡坐をかく。       『坊っちゃんが良く言う』そう。安達という男は由緒正しい家系の次男坊なのである。実家はと言えば金に苦労する事などまず無いであろう大きさの屋敷で、実際のところ安達自身も別荘として幾つもの邸宅を構えている。豪邸と呼べる家もあれば此処のようなアパートと呼ぶべき家もあるらしく、ただ場所が良いというだけで物件の値段など気にする事も無くその日の内に決めてしまう事もあるそうだ

    2010-08-02 02:31:00
  • 58:

    ヨミ。

    『僕も苦労はしてるのさ』この男が呟くと嫌味のようにしか聞こえない言葉も実際のところ間違ってはいない。長男は家を継ぐ跡取りとして大切に育てられてきた。然しその影で安達は両親にも親族にも放っておかれ、幼い頃に人から貰うべき愛情という物を知らずに育ってきた。欲しいと思う物は何でも手に入ったし、我儘だって大抵受け入れてもらう事ができた。それだけで満足していた少年期を終え、思春期に入った頃に両親の意図を知る事となる

    2010-08-02 02:40:00
  • 59:

    ヨミ。

    『貴方の我儘を聞き入れるのはあの子の邪魔にならないように。貴方が欲しがる物を用意すれば貴方はあの子の邪魔をしないでしょ』直接そう言われたのだと安達は喉の奥で笑いを押さえ込みながら過去を語った。その言葉に痛みなど感じなかったし悲しいとも寂しいとも思わなかったのだと。然しその時点で彼の脳内は目まぐるしく回転し、この家に必要な存在では無いのならばこの腐った世界へと羽ばたいてみるべきかもしれない。何故だかそう直感したのだと彼は言った。

    2010-08-02 02:46:00
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