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  • 1:

    携帯が鳴った瞬間、


    あぁ、とうとうあいつはやってしまったと、思った。

    2010-09-05 02:10:00
  • 2:

    あたしには、物心着いた頃から、どう転んでも届かない人がいた。二つ年上の姉、ななちゃん。

    2010-09-05 02:14:00
  • 3:

    ななちゃん、ななちゃん。小さな頃から、姉の名を読んでは、その背中を追いかけた。姉のまわりには、いつも人がいた。両親も、女の子も、男の子も、みんな、ななちゃんに夢中だった。

    2010-09-05 02:18:00
  • 4:

    ななちゃんは頭がよくて、可愛い。真ん丸の大きな瞳は、いつも宝石みたいに輝きを放って、みんなの心を捕らえて離さなかった。
    発表会では、ピアノを弾いていた。学芸会では、お姫様の役だった。かけっこはいつも一番だった。
    彼女は、誰もが褒める、『人気者』で、両親、得に母親の『自慢の宝物』だった。

    2010-09-05 02:24:00
  • 5:

    ななちゃんがそうしてみんなの注目を集める度、あたしは嬉しくて仕方なかった。だって姉妹なんだから。あたしも、ななちゃんの歳になったら同じようになるんだと思っていた。同じようにピアノを弾いて、同じようにお姫様役をして、同じようにかけっこで一番をとる。そういうもんなんだと思っていた。だってななちゃんは、あたしの、あたしだけのお姉ちゃんなんだから。

    2010-09-05 02:27:00
  • 6:

    だけど、二年たっても、姉が卒園して年長さんになっても、あたしはそうはならなかった。ピアノは他の子が弾いて、あたしは一番端で歌を唄ってた。学芸会では、ネズミの役をした。かけっこはいつも2番だった。

    『あれ?変なの』

    あの時の感想は、そんな感じ。あたしはあまり頭が良くなかった。

    2010-09-05 02:32:00
  • 7:

    ななちゃんより二年遅れて小学生になった。初めての遠足は、中学年の三年生との『手つなぎ遠足』で、偶然にもななちゃんと一緒だった。だから当たり前のように、あたしはななちゃんと手を繋ぐつもりだった。だけどそうしようとしたら、クラスの女の子が『ねねちゃんはずるい』と泣いた。意味がわからなくてきょとんとする私に、先生が言った。『ねねちゃんは妹なんだから、今回は我慢しようね』

    2010-09-05 02:39:00
  • 8:

    それは、お母さんにも言われ続けた言葉だった。

    『妹なんだから仕方ないでしょ』

    それは、あたしにとっては呪文みたいなもので、そう言われると黙るしかなかった。だから服がいつもお下がりでも、授業で使う裁縫箱や彫刻刀が、他の子と違って新品でなくても、あたしは我慢した。

    2010-09-05 02:44:00
  • 9:

    だけど、本当に欲しいものはなかなか『下がって』こなかった。例えば、ランドセル。ななちゃんのランドセルは、ピンク色だった。初孫の小学校の入学祝いに、祖父が特注で作らせたものだった。今はピンクも珍しくないかもしれないが、少なくとも当時小学校でピンク色のランドセルを背負っていたのは、ななちゃんだけだった。そう、ななちゃんだけ。あたしは、皆と同じ赤色だった。

    2010-09-05 02:50:00
  • 10:

    それから、髪留めも。ななちゃんは毎朝お母さんに髪を結ってもらっていた。ポニーテールだったり、三つ編みだったり。ななちゃんの髪は細くて少なくて、柔らかだったから、毎日色んな髪型を、色んなゴムやリボンで結って貰っていた。

    2010-09-05 02:53:00
  • 11:

    その時も、あたしはななちゃんのそれを見ながら、きっと自分も髪が伸びたら、お母さんは同じことをしてくれるのだろうと思っていた。だけどあたしは何故かいつまで経っても髪が長くなることはなく、むしろ男の子と間違われる程に、短いショートカットだった。美容室には姉妹揃って行っていた。だけど、注文をつけるのはお母さんで、気付けばそうなっていたんだった。

    2010-09-05 03:02:00
  • 12:

    母を擁護して言うと、別にわざとそういうことをしていたわけじゃない。あたしが小学校に上がる前に、祖父は亡くなってしまったし、あたしの髪は量が多くて太くて直毛だったから、伸ばすのに適した髪質じゃなかった。
    それにあたしは、『それちょうだい』とか『こんなの嫌だ』と、ななちゃんのようには言えなかった。

    2010-09-05 03:09:00
  • 13:

    そもそも、あたしはあまり口が達者な子供でなかった。というのも、ななちゃんが誰とでも、―大人でも子供でも―仲良くなってくれたから。あたしはななちゃんの妹として、自然とその輪の中に入れたし、周りも『ななちゃんの妹』として受け入れてくれた。『自分から』ということが必要ない。そういう環境だったのだ。

    2010-09-05 03:12:00
  • 14:

    あたしはいつでも、『ななちゃんの妹』だった。

    そしてあたしも、それで満足していた。少なくとも、中学生になるまでは。

    2010-09-05 03:14:00
  • 15:

    『ななちゃんは年々お母さんに似てくるね。』と大人たちが皆言い始めた。私にはよくわからないけど、少なくとも昔の写真でみるお母さんは子供ながらに、とても綺麗だと思った。
    『ねね、これ見て!』中学生になって、セーラー服を着たななちゃんを見た時も、確かに同じことを思ったのをよく覚えている。くるっと回って、にこっと笑った。そう、よく覚えている。

    2010-09-05 03:20:00
  • 16:

    多分あたしは、前にも言ったように、あまり頭が良いほうではなかった。というよりも、常にいつかは『あたしもななちゃんのようになる』ものだと思って、自分で何もしなかった。
    二年後に二年前のななちゃんに追いつかなくても、いつかはななちゃんになるんだと、そういうもんなんだと思って疑わなかった。あまり頭が良い方ではなかったから。

    2010-09-05 03:30:00
  • 17:

    『ねね、見て!』ななちゃんは、色んなものを、いつも妹の私に一番に見せてくれた。その時は、大量のラブレターだった。入学式の次の日に、下駄箱に入っていたそうだ。数日後には、初めての彼氏ができたと、一番にわたしに教えてくれた。確か、三年生の先輩だった。

    2010-09-05 03:33:00
  • 18:

    二年後。あたしも中学生になった。そして大人達は少し苦笑いしながら『ねねちゃんはお父さんに似てきたね』と言い始めた。
    入学式の次の日には、先輩達が『ななの妹』を見学しに、教室まで来た。そして、『なんだ、全然似てねーじゃん』と舌打ちをして、帰っていった。下駄箱にラブレターは、一通も入っていなかった。

    2010-09-05 03:36:00
  • 19:

    あたしは泣いた。泣いて泣いて泣きまくった。何で泣いてるのかと心配する、もはやななちゃんに“似ている”お母さんは無視した。

    『なんであたしはななちゃんじゃなかったの』

    2010-09-05 03:48:00
  • 20:

    どれくらい経ったのか、ベッドのシーツはぐちゃぐちゃに濡れていた。泣き疲れて瞼が重い。明日学校に行きたくなくて、というよりももう誰にも会いたくなくて、だけどそういうわけにいかないのはわかっている。ぼんやりとそんな考えを繰り返しながら、とりあえず寝返りをうった時、子供部屋の入口にななちゃんの鞄が置いてあるのが見えた。
    『あぁ、今日は帰ってきたのか…』

    2010-09-05 03:53:00
  • 21:

    ななちゃんは最近、家に帰ったり帰らなかったりを繰り返していた。二年前、初めて付き合った彼氏と数ヶ月後に別れたということは、まだ一番に教えてくれていた。その数日後には、また別の彼氏が出来たと言っていたけど、詳しくは教えてくれなかった。その後は『そういえば』別れたよ、『そういえば』彼氏出来たよ、の繰り返しで、多分“一番”には教えてくれなくなった。それから、もう一年後には何も教えてくれなくなって、今。あんまり、話自体をしなくなっていた。

    2010-09-05 04:00:00
  • 22:

    『あんたが何かしたんじゃないの?!』ふと気付くとお母さんのそんな声が聞こえた。『知らんて!』そして、ななちゃんの声も聞こえた。『どうせあんたの悪い友達が何か言ったに決まってる!』『友達は関係ない!』『嘘をつきなさい!』『うるさいよクソババア!』『またそんなこと言って!いつからそんな子に…』始まりは、きっとあたしへの心配だったんだろう。終わりは、いつもと一緒だけど。ななちゃんとお母さんの言い合いを聞いていると、自然と涙は止まり、気持ちも落ち着いていた。

    2010-09-05 04:07:00
  • 23:

    可愛いから、色んな人が甘やかす。人気者だから、色んな人が集まってくる。頭が良いから、何が特かをわかってくる。迷い無く嘘をつくから、善悪の分別が狂う。

    お母さんのせいじゃない。ななちゃんの可愛さが、ななちゃんをあまり良くない方向に走らせた。ななちゃんはもう、お母さんの自慢だった『いい子』じゃなくて、ちょっと有名な『不良』になってしまっていた。

    2010-09-05 04:10:00
  • 24:

    『こんな家出て言ってやる!』いつもの一言で、ばたばたと足音が部屋に戻ってきて、あたしは思わずベッドの中に潜り込んだ。がちゃん!と勢い良くドアが開く。もう、聞いているこっちも慣れたもんで、これから起こることに察しがつく。だから、半狂乱になりながら金切り声をあげるお母さんの声を背に、ななちゃんは制服に鞄だけを持って逃げるように出ていく。それだけだ。

    2010-09-05 04:16:00
  • 25:

    だけど、その日は、鞄を持ち上げる気配の後に、いつもと違う会話があった。



    『…ねね、』

    2010-09-05 04:21:00
  • 26:

    …何かあったの?


    そう、ななちゃんは、ななちゃんは。あたしにだけは、昔と変わらず優しかった。何だかんだで彼女は、たった一人の妹を、自分よりもあきらかに劣ったあたしを、気にかけてくれていた。色んな思いが、頭を過ぎって、心に込み上げて、あたしは結局、それに返事を出来なかった。

    2010-09-05 04:25:00
  • 27:

    次の日。あたしは化粧をした。初めて自分から、あたしをななちゃんにする為に、あたしを変えることにした。それは、今後『お姉ちゃんの真似をして…!』と何度も、何度も何度も言われ始める、最初の行為だった。

    2010-09-05 04:28:00
  • 28:

    歳の差分の、二年間。幼稚園から小学校。小学校から中学校。場所が変わる度にある、姉妹の少し離れる時間。姉が中学に入ってからのあまり知らなかったその二年間を、あたしは徐々に知っていくことになった。それは、『ななちゃんの妹』として。良くも悪くも、あくまでも『妹』としてだった。

    2010-09-05 04:32:00
  • 29:

    ルーズソックスを履いていくと、一つ上の先輩に睨まれた。だけど二つ上の先輩には『妹』として可愛がられたから、あたしはそれを辞めなかった。
    初めて好きになった先輩は、ななちゃんが好きだったから諦めた。その後告白されて付き合った初めての彼氏は、ななちゃんにフラれたことがある先輩だった。

    ここでも、あたしはやっぱり『ななちゃんの妹』として、受け入れられていく。

    2010-09-05 04:36:00
  • 30:

    ななちゃんと同じ空間にいる一年間、あたしは我が物顔で一年生の廊下を歩いていた。ちょっとしたいざこざがあると、あたしはななちゃんの名前を出した。するとだいたい、みんなあたしに降参した。例え一つ上の先輩でも、それは同じだった。ななちゃんの影響力はすごい。ななちゃんの妹で良かった。ななちゃんはやっぱりあたしの自慢だった。だけどそれは、小さい時とは違う。その圧倒的なななちゃんの名前の権力が、あたしの自慢だったのだ。

    2010-09-05 04:42:00
  • 31:

    だけどあたしがななちゃんの名前を口癖にするようになればなる程、最初のうちこそ、何も言わなかったななちゃんが、それを咎めるようになった。挙げ句の果てには、『あたしの真似ばっかすんな』と言う。どうしてそんなことを言うのか、あたしはわからなかったし、腹もたった。だけど姉妹喧嘩してる場合じゃない。あたしはななちゃんの名前を出してはいるけど、出した所で、ななちゃんは出てこないことを、死ぬ気で隠し通す必要がある。

    2010-09-05 04:48:00
  • 32:

    それがばれるかばれないか、みんな気付きはじめてはいるけれど、実際にななちゃんが出てきたらややこしいから我慢する。そんなギリギリのラインで、とうとう一年が経った。
    卒業式の日、来ないと行っていた癖に金髪で現れたななちゃんは、止めようとする先生の手を振り払って、壇上に上がった。ななちゃんの友達がひゅーと野次を飛ばす。校長先生がおろおろと卒業証書を差し出すと、ななちゃんは綺麗にお辞儀をして受け取り、振り返って笑った。ミニスカートから除く細くて長い足には200メートルのルーズソックス。大きな黒目がちの瞳には似合わない金髪が光りに当たってキラキラしていた。多分誰もが、ななちゃんに釘付けだった。
    じゃーね!と一言告げて、ななちゃんは恐れられていた不良軍団の男の子と、派手なギャル数人を連れて、そのまま体育館を後にした。平凡な中学校では伝説になる程の晴れ晴れしい卒業式だった。

    2010-09-05 04:59:00
  • 33:





    『あんたの…!あんたのせいで、あんたのせいで、ななちゃんが!!』

    2010-09-05 05:06:00
  • 34:

    泣きわめくあたしを、お父さんが止めた。目の前の男は、真っ黒な瞳で、じっとあたしを見つめていた。
    抑えつけられたお父さんの胸の中で、あたしはあの日のななちゃんの姿を思い出していた。

    2010-09-05 05:09:00
  • 35:

    名無しさん

    気になる?

    2010-09-05 08:32:00
  • 36:

    ななちゃんは、誰もを虜にして離さない。その癖ななちゃんは誰のものにもならなかった、はずだった。
    それなのに。


    なってしまった。この目の前の、ひょろひょろの、冴えない男のものに。

    2010-09-05 10:47:00
  • 37:

    叫び声が、聞こえる。誰も、反応しない。
    その男の瞳に、変わらずその持ち主を罵倒するあたしが映る。
    このクズ、あんたのせいだ、あんたのせいだ。あんたが死ねばよかったのに!

    思いつく限りの悪態をつきながら、あたしはその瞳に、恐怖していた。

    2010-09-05 11:00:00
  • 38:

    名無しさん

    気になる?

    2010-09-06 22:50:00
  • 39:

    名無しさん

    同じく?

    2010-09-12 22:33:00
  • 40:

    名無しさん

    気になります?

    2010-09-20 21:59:00
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