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いつか蝶のように
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1:
椎名
あたし、あげは。風俗嬢してる。ネオン輝くこの街ではそれなりに有名になったけど、今あたしの本名を知ってるのはアイツだけ。アイツの本名を知ってるのもあたしだけ。
あたしとアイツは似てる。だから惹かれた。2006-02-28 23:13:00 -
2:
椎名
「うっ…あ…あげはチャン…もぅ…イくよ…?」『…うんッ…いいよぉッ…』
「あっ…イくッ…」
2006-02-28 23:21:00 -
3:
椎名
「あげはチャン、すごく良かったよ。ありがとう。」
『あたしもすごく気持ち良かったぁぁ♪お兄さん、上手いんだもん☆』
「ほんと?嬉しいなぁぁ。また来てもいいかな?」
『うんッ、嬉しいッ♪じゃあ、はい、コレ、あたしの名刺☆仕事中は電話出れないから、メールしてね♪』
「ありがとう。メールするよ。絶対また来るからね。」
『絶対だよ?じゃあ、気をつけてね。ありがとうございました☆』2006-02-28 23:30:00 -
4:
椎名
『……ふぅぅ…』
髪をほどき、タバコに火を点けて深く吸い込む。あたしの仕事終了の儀式。仕事中は邪魔になるから髪はあげてる。メンソールが喉に痛い。
部屋の内線のコールが鳴る。
『…はい。』
「あ、あげはチャン?お疲れ様ぁぁ。じゃあ精算しよっか?」
『はい。お部屋片付けてから降ります。』
「わかりましたぁぁ。」2006-02-28 23:43:00 -
5:
椎名
『お疲れさまです。じゃあ、お部屋片付けたら降ります。』
「はぁぁい。お疲れさまぁぁ。」
『……はぁぁ…疲れたぁぁ…』
溜め息を1つ。それからあたしは部屋を片付け始める。シャワー室はバスタブから床、壁、天井までタオルで拭く。水滴1つ残さない。ベットのシーツをきっちりとのばしてバスタオルを広げる。タオルを補充して床を拭き、消臭剤を振る。2006-03-01 10:12:00 -
6:
椎名
あたしは毎日仕事が終わると、部屋に人がいた形跡をほとんど完璧になくす。次に誰が使うか分からないから。風俗店だから余計に気になるのかもしれない。だって、誰かが使った後だ、ってあからさまだと気持ち悪いじゃん?それじゃあ、お客さんに失礼だし。
まぁ、そんなことは、ほとんどありえないけど。朝から晩までフルで働いてるからこの部屋を使うのは、たいがいあたしだし…。それに、営業終了後にはスタッフが全室ちゃんと掃除するんだけど、あたしは納得がいかない。そういう意味では潔癖性なのかも。2006-03-01 10:22:00 -
7:
名無しさん
頑張って下さいね?
2006-03-01 10:22:00 -
8:
椎名
部屋を出て1Fのフロントまで降りる。プレイルームは2Fで、全8室。決して大箱じゃない。
「あ、あげはチャン、お疲れさまぁぁ。遅かったね、また部屋片付けてくれてたの?」
『うん。』
「いいのに、そこまでしてくれなくても。でも、俺が掃除上がるとさー、あげはチャンが使った部屋だけいっつも完璧でビックリするんだよねー(笑)」
『もぅ癖だからねー』「あげはチャンってさぁぁ、潔癖なの?」
『いやいや、潔癖だったらこんな仕事しないでしょぉ?』
「それはそうだなー☆あはははは。あ、はい、今日のお給料。お疲れさまでした。」
『お疲れさまです』
2006-03-01 10:37:00 -
9:
椎名
外に出ると外は薄明るい。グレーがかった世界で冷たい空気が肌を刺す。
『…もしもし?あたし…うん…今終わったとこ……わかった。』
…はぁぁ…
溜め息を1つ。2006-03-02 00:59:00 -
10:
椎名
電話の相手は刹那。club diaのNo.1ホスト。ネットにも雑誌にも顔出ししてないから、刹那がNo.1だってことを従業員以外で知ってる人は少ない。だいたい、本人が全く気にしてない。普通、ホストなら誰でもNo.にこだわるのに刹那は違う。
2006-03-02 01:14:00 -
11:
椎名
「店に来てくれたお客さんを全員、満足させて帰すのが俺らの仕事だよ。安くない金額払ってもらってるのに、それでもありがとうって言ってもらえるホストが1番だと思う。だから、店でのNo.なんて関係ないよ。結局は売り上げだけのランクだからね。興味ないよ。」
刹那のいつものセリフ。2006-03-02 03:15:00 -
12:
椎名
刹那と出会ってあたしは変わった。仕事意識の面ではまだまだ刹那には敵わない。あたしはアイツに負けたくなくて今まで頑張ってきた。店のNo.1は譲らずに今日まできたけど、アイツの言うNo.1に、あたしはあの頃から少しでも近付けただろうか。
2006-03-02 03:23:00 -
13:
椎名
今でも昨日のことみたいに覚えてる。
1年前―
アイツは雨の中に立っていた。あたしは仕事が終わって家に帰るところで、ズブ濡れになってるアイツを見つけた。
『あんた、何してんの!?風邪ひいちゃうよ?』
「君を待っていたんだ―」2006-03-02 03:30:00 -
14:
椎名
アッシュグレイの柔らかそうな髪。整った顔立ち。均整のとれた躰。
でも―
なんだろう…何か…この人、何かが足りない…
『ねぇ、…あなた、何か大事なもの、なくしたでしょ…?』
「…やっぱり解ってくれた。君も俺も、ずっとお互いを探してたんだ。…やっと会えたね―」
2006-03-02 03:46:00 -
15:
椎名
あたしは、迷うことなくアイツが差し出した手を取った。
…君も俺も、お互いをずっと探してたんだ…
他人と深く関わることを極端に嫌うあたしが、不思議と嫌な気はしなかった。
あたしもどこかで、アイツと同じことを考えていたのかもしれない。2006-03-02 03:52:00 -
16:
椎名
「いらっしゃいませーっっ!」
club dia―
この街でこの店を知らない人は多分いない。著名人も通うという、有名店。
「!刹那さんッ!どうしたんスか!?ズブ濡れじゃないスか!」
急に店からいなくなっていた刹那を見つけ、従業員が駆け寄ってくる。
「俺はいいから。お客様をご案内して。VIPシート、空いてるだろ?」2006-03-02 04:03:00 -
17:
椎名
diaのVIPシートは個室になっていた。白とグレーを基調とした店内は落ち着いた雰囲気。さすが1流のホストクラブ。
そこに着替えてきた刹那が現れた。
白のスーツに白い靴。髪もセットしてきて、さっきとは別人みたい。
「ごめんね、待たせて…あげはサン?」2006-03-02 04:21:00 -
18:
椎名
『え…どうしてあたしの名前…』
刹那は微笑った。その凜とした顔が、少し幼く見えた。
「誰だって分かるよー。それ、色っぽいね。」
『え?…あぁ、そっか。』2006-03-02 04:31:00 -
19:
椎名
あたしの首にはタトゥーが入ってる。鎖骨の少し上―そこに漆黒いアゲハ蝶はいる。
『色っぽくなんか全然ないよー。ちょっと怖いでしょ?(笑)』
「違うよ、そうじゃなくて。普通の黄色いのじゃなくて漆黒いアゲハ蝶になりたい、ってのが色っぽいな、って―」
2006-03-02 04:47:00 -
20:
椎名
…どうして…?この人、あたしのこと、全部知ってるみたい…
あたしの周りの人間はみんな、いかにもあたしのことを知ってるかのような言い方をする。
君はイイ娘だね
君は素直で真面目だね
あたしがどんな想いでいるかも知らないクセに。2006-03-02 06:00:00 -
21:
椎名
でも、刹那は違う。他人の言うことを片っ端から否定してきたあたしが、素直に耳を傾けられる。ううん、どっちかって言うと、やっと解ってくれる人に出会えた安心感。
「…ねぇ、どうして泣くの?」
あたしの頬を涙が滑っていく―
2006-03-02 06:08:00 -
22:
椎名
『…嬉しいの…あなたに会えて。やっと会えた、って言ってくれた意味が、あたしにも分かる…あたしも…あなたを待ってたみたい…』
「俺に君が解るように、君にも俺が解るよ。俺たちは、すごく似てるから…」
刹那はまた微笑った。2006-03-02 06:16:00 -
23:
椎名
「俺が大事なものをなくしたことに気付いたのは、君が初めてだよ。…嬉しかった。」
『…あげは…』
「え?」
『あげは、って呼んで?』
「解った。じゃあ俺も刹那って呼んでよ?」
『うん』
「でも、誰も知らないあげはの本名、俺には教えてもらうから☆」『刹那もね』
あたしたちは似ている。2006-03-02 08:26:00 -
24:
☆彡
なんかドラマみたぃでイィ(●>_
2006-03-02 09:15:00 -
25:
椎名
あたしには親がいない。…2年前に家を出てから連絡を取ってない。無条件で信じていた両親が、あたしを放棄した。
「あなたみたいな娘、恥ずかしい…」
最後に両親に言われた言葉。今までも、これからも、絶対に忘れることはない。あたしを棄てた両親を見返したくて、ここまで来た。2006-03-02 19:58:00 -
26:
名無しさん
略なくして下さい。
2006-03-02 20:08:00 -
27:
椎名
「…あげは?どうした?なんかあった?」
『…あ、ううん、何でもないよ☆』
刹那との電話の後、あたしはdiaに来ていた。仕事が終わってからここに来るのはあたしの日課。diaの従業員はみんなあたしに良くしてくれる。それは、あたしが刹那の【特別な】客だからなのかもしれない。2006-03-02 20:23:00 -
28:
椎名
刹那は微笑わない。整った顔立ちのせいであまり気にならないけど、表情を崩すことがほとんどない。
完璧なルックス。落ち着いた声。大人びた雰囲気―多くを与えられていながら、どこか淋しげな眼をする刹那。
2006-03-03 15:00:00 -
29:
椎名
感情を表に出さない。そんな刹那がクールに見えるのか、刹那の人気は圧倒的だった。お客様も従業員も、みんな刹那に憧れの視線を向けた。それでも刹那は変わらなかった。
2006-03-03 23:02:00 -
30:
椎名
でも、あたしは知ってる。刹那の外に出さない感情を。底の見えない哀しみを。
刹那が隣に座る。
いつもの刹那の香り。深い海のような、爽やかで優しい、淋しい香り。2006-03-03 23:12:00 -
31:
椎名
グラスにブランデーを注ぐ。慣れた手つきで水割りを作る刹那。
伏し目がちな眼に長いまつげが揺れる。細くて長い、しなやかな指。あたしは刹那の手が好きだ。2006-03-03 23:21:00 -
32:
椎名
「…あげは、そんなに俺の手が好き?」
刹那はこっちを見ずにあたしに聞いた。少し微笑っている。
『綺麗だよね、刹那の手―』
「そう?ありがと。あげはに言われると、なんか照れるな☆」
2006-03-03 23:27:00 -
33:
椎名
刹那はあたしの隣では微笑うようになった。でも、いつも個室VIPにいるから微笑ってる刹那を見る人は少ない。
「刹那さん、お願いします」
従業員が刹那を呼びに来た。刹那を指名している他のお客様が刹那を呼んでいる―刹那が言わなくてもあたしには分かる。
2006-03-03 23:34:00 -
34:
椎名
「…あげは、ちょっと待ってて」
『うん』
刹那は席を立った。
刹那を呼びに来た従業員がそのまま席につく。もう見慣れたその顔は相変わらず驚いている。
『おはよう、妃羅さん』2006-03-03 23:44:00 -
35:
椎名
妃羅は1年前からdiaで働いている。刹那とは違って人懐っこくて、その幼く可愛らしい顔立ちは人を魅きつける。性格が対照的な刹那とは合わないように見えるが、刹那を兄のように慕っている。
2006-03-03 23:59:00 -
36:
椎名
「おはようございます♪ってゆうかね、やっぱり、あげはさんって刹那さんには【特別】なんですね☆羨ましいなぁぁ…」
『そんなことないんじゃない?妃羅さんの方が刹那とはずっと仲良さそうじゃん?』
「えー、だって刹那さん、あげはさんの隣でしか微笑わないんですよー。あげはさんがお店に来てくれるようになるまで、微笑ったとこなんか見たことなかったし―」2006-03-04 00:06:00 -
37:
椎名
いつだったか、刹那は妃羅のことを楽しそうに話してくれた。刹那が従業員の話をすることは珍しかった。まるで弟みたいにくっついてくる妃羅を、刹那は可愛いと言った。
いつも人と一定の距離を置く刹那。その刹那に唯一接近することを許された従業員―
妃羅も刹那にとって特別な存在なんだろう。2006-03-04 00:34:00 -
38:
椎名
時計を見ると2時間が経っていた。あれから刹那は戻ってきていない。
(…もぅこんな時間かー…)
『ごめん、刹那呼んでくれる?あたし、帰る』2006-03-04 10:52:00 -
39:
椎名
「ごめん、あげは…」お酒の匂いを連れて刹那が戻って来た。少し酔ってるみたい。
刹那はお酒が強い訳じゃない。でも、仕事中にすごく酔ったり潰れたりすることは絶対にない。彼のプライドなのだろう。周りが創った“スマートな王子”を演じている、誰よりも不器用な刹那。2006-03-05 04:25:00 -
40:
椎名
『いいよ、仕事だもん。刹那だって遊んでる訳じゃないんだし。』「ありがと。…あげは、イイ娘だね…」
本音を言えば、席についていて欲しい。刹那が他の席に行ってしまうのは嫌。でも、それは言ってはいけない。刹那に負担がかかる。2006-03-05 04:35:00 -
41:
椎名
刹那は不器用だ。あんなに不器用な人をあたしは今までに見たことがない。常に完璧を求められ、刹那自身もそれにこだわる。失敗や弱音を許されない“スマートな王子”は、誰よりも強いられる。でもあたしには、刹那が自らそれを望んでいるように見えて仕方がない。
2006-03-08 11:15:00 -
42:
椎名
刹那はほとんど寝ない。昼間仕事をしてるなんて聞いたことないし、営業に行ってる訳でもなさそう。携帯もたいてい繋がらない。刹那が仕事以外の時間に何をしてるか、誰も知らない。
2006-03-09 23:06:00 -
43:
椎名
『おはようございます』
「おはよう、あげはチャン。今日もよろしくね」
『はい』
「今日も予約がいっぱいだよ、頑張って。途中で休憩取ってるからね。」
『はい、ありがとうございます』2006-03-09 23:31:00 -
44:
椎名
diaから店に戻ったあたしはいつもの部屋に入る。部屋はさっき出て行ったときのまま。備品だけはちゃんと補充されてる。
タバコに火を点けて仕事の準備を始める。荷物をロッカーにしまって服を着替える。鏡に映った自分を見て気付いた。
…また、食べるの忘れてた…
2006-03-11 00:30:00 -
45:
椎名
この仕事を始めてからあたしは軽い摂食障害になった。あたしはもともとストレスに弱い。接客が続くとストレスが溜まって、過食と絶食を繰り返す。だいたい1週間ずつ
2006-03-11 03:34:00 -
46:
椎名
朝方仕事を終えたあたしは、いつもより疲れていた。身体が重くて沈んでしまいそう。
…刹那…
ヴヴヴヴヴ―
いきなり携帯が鳴った。ビックリして手に取ると刹那からだった。
『…はい』
「あ、あげは?俺。呼んだ?」
絶妙のタイミングで電話をくれる刹那。
『刹那ぁ…』
「…こっちおいで」
2006-03-11 16:17:00 -
47:
椎名
「いらっしゃいませーッ」
見慣れたdiaの店内。いつものようにVIPに通される。少ししたら刹那がシャンパンを持って現れた。
『え…あたし、頼んでないよ?』
「いいの、これは俺から。」
『いいの?…あ、ありがと…』
「じゃ、乾杯☆」2006-03-11 16:33:00 -
48:
椎名
「あげは、また痩せたの?」
刹那が心配そうな顔をする。
『大丈夫だよォ?全然元気☆』
「強がりだね、相変わらず(笑)」
刹那は深く散策しない。近すぎず遠すぎず、その距離が心地いい。
「…あげは、今日ここ終わってから時間ある?」
2006-03-11 16:45:00 -
49:
椎名
明日はあたしの店の定休日。久しぶりに仕事は休み。そういえばdiaも定休日だ。
『うん、明日は休みだけど…どした?』
「…ちょっと付き合って?」
『え?あ、うん。いいよ。』
「…サンキュ。」
刹那がプライベートで誘うなんて、そんなこと、今まで1回もなかった。2006-03-12 00:17:00 -
50:
椎名
刹那の仕事が終わるのをあたしは1人、カフェで待った。久しぶりの1人の時間―
今の仕事を始める前、あたしは1人カフェが大スキだった。朝から足早に出勤していく人を眺め、1人でコーヒーを飲む。あたしの大スキな時間。2006-03-12 02:52:00 -
52:
椎名
コーヒーの香りに包まれた店内でゆったりとした時間を過ごす。最近は休みの日も予定がなくて、家でずっとゴロゴロしていたから、外に出るのは久しぶり。
刹那の店が終わるのは午前8時。9時過ぎには来るだろう。暖かい店内でウトウトする…2006-03-12 22:44:00 -
53:
椎名
どれくらい時間が経ったのか、眼を開けると刹那が向かいに座っていた。
「おはよ。お目覚めかな、お姫様?」
『刹那…。おはよう、王子様。』
「ごめんね、待たせて。行こっか。」
2006-03-12 22:54:00 -
54:
椎名
『どこ行くの?』
「ん?あげは、海好き?」
刹那の車は海に着いた。車を降りる刹那とあたし。髪を撫でる潮風が心地いい。
あたしは海が好き。海に来るとなぜか懐かしい気持ちになる。2006-03-12 23:33:00 -
55:
椎名
「…あげはさぁぁ、なんかあったの?」
『…なんかあったのは刹那の方でしょ?』
あたしと刹那はお互いが解る。あたしが辛いとき、刹那は黙ってそばにいてくれる。刹那が辛いとき、あたしは刹那の隣にいる。何も言わなくても、ただそばにいるだけでいい。あたしたちはお互いを必要としてる。2006-03-13 02:05:00 -
56:
椎名
「…あげは…今日…一緒にいて…?」
『……いいの?』
「あげはがいいの。」
刹那が自分から距離を詰めてくるなんて、珍しい。
…またなんか無くしたんだ…
あたしには解る。海を見る刹那の眼は哀しく、綺麗だった。2006-03-13 02:17:00 -
57:
椎名
「…あげは、寒くない?」
刹那が着てたコートを脱いであたしにかけてくれる。いつもの刹那の香り。あたしの好きな海の香り。
『ありがと、刹那。』
海を見つめる刹那。その眼はもっとずっと遠いところを見ている。2006-03-13 12:58:00 -
58:
椎名
「…あげは?」
『ん?』
右側に立つ刹那を見上げる。眼にかかるアッシュグレイの柔らかそうな髪。整った顔立ち。どこか哀しげな眼。あたしは初めて刹那を好きだと思った。
「…ごめん…」
『え?』
「…やっぱ俺、あげはを諦められない。」
2006-03-13 13:30:00 -
59:
椎名
出会ってすぐ、刹那はあたしに好きだと言った。あたしも刹那も、お互いを必要としているけど、お互いのことを何も知らない。
あたしは返事ができなかった。それからあたしはまだ刹那に返事をしていない。2006-03-13 14:26:00 -
60:
椎名
「…あげはが不安なのはよく解るよ。俺、自分のこと、あげはに何にも言ってないから。だから今日あげはを誘ったんだ。俺のこと、見せようと思って。」
刹那が初めて自分を見せようとしてる。
「…付き合ってくれる?」
『…うん…』
2006-03-13 14:43:00 -
61:
椎名
怖かった。今まで誰にも見せなかった刹那のプライベート。知りたいと思ったこともある。でも今は、なんとなく知るのが怖い。
「…おいで…」
最初に会ったときと同じように刹那が手を差し出す。細くてしやかな指。あたしは迷わず手をとった。刹那があたしを抱き寄せる。2006-03-13 14:57:00 -
62:
椎名
刹那の香りに抱かれると、あたしの中の不安は消えた。
「…怖い?」
『…ううん。』
「…先に車に戻ってる」
刹那が歩き出す。あたしは刹那の後ろ姿を見ていた。どこか淋しげで、あたしには泣いているように見えた。
2006-03-13 15:15:00 -
63:
椎名
潮風が髪をさらう。
…刹那はどんな想いであたしに自分を見せようとしてるんだろう…
海を見ていた刹那は泣いていた…刹那が…泣いていた…
…あの人を1人にしちゃダメ…
あたしの頬を涙が滑っていった―2006-03-13 15:33:00 -
64:
椎名
『あッ、あたしッ、変じゃないッ!?』
「大丈夫(笑)可愛いよ」
海を出た刹那はあたしに言った。
「…1つだけ、頼みがあるんだ…」
『ん?』
「…俺の実家に来て欲しい。」
『…え…?』
「…ダメ?」
『…ううん、いいよ』2006-03-13 16:04:00 -
65:
椎名
「よかった…じゃあ、買い物行こ」
『え…?』
そのまま刹那はあたしを買い物に連れ出した。あたしの知らないショップがたくさん並んでいる。その中の1軒に入っていく刹那。
「あげは、早くッ☆」2006-03-13 16:34:00 -
66:
椎名
ドレスや靴、バックが並ぶおシャレなショップ。刹那はあたしを見ながら店員と何か話している。
「あげは、おいで」
刹那の隣に行くと少し安心する。
「ん〜…やっぱり白かな…」
刹那がそう言うとあたしはフィッティングルームに連れていかれた。2006-03-13 16:50:00 -
67:
椎名
「あげは、着れた?」
『う…うん…』
刹那がカーテンを開ける。
「…うっ…わぁぁ……可愛い…」
白いシンプルなワンピースにヒールのある白いパンプス。ちょっと見ると育ちのいいお嬢様みたい。2006-03-13 20:18:00 -
68:
椎名
『刹那…これ…』
「うん、似合ってるよ。」
『そうじゃなくて…』
「いいの☆じゃ、これください。あ、このまま着ていきます。」
刹那が微笑ってる。それだけで、あたしも嬉しくなる。2006-03-14 01:22:00 -
70:
椎名
「じゃ、次は美容室ね☆」
ショップを出た刹那はあたしを美容室に引っ張っていく。
いつもストレートの髪をゆるく巻くと、まるで別人みたいになった。
「うん、オッケー☆」
『刹那…これ…』
「来れば解るよ。」
あたしと刹那は刹那の実家に向かった。2006-03-14 08:11:00 -
71:
椎名
刹那の実家―
あたしは萎縮した。すごく大きなお屋敷で、なんだか外国のお城みたい。広い、手入れの行き届いたお庭。門から玄関まで続くドライブウェイの真ん中には噴水まである。
『ほ、ほんとに変じゃないッ!?』
「大丈夫だって☆行くよ?」
あたしと刹那は並んで門をくぐった。
2006-03-14 08:22:00 -
72:
椎名
あたしと刹那に、お庭を掃除していたメイドの1人が気付いた。
「逢夢(あむ)様…!」
…逢…夢…
刹那の本名を初めて聞いた。本名も源氏名みたい。2006-03-14 21:50:00 -
73:
椎名
「…父上と母上はいますか?」
「はい、いらっしゃいます。」
「そう、ありがとう。…あげは、行こう。」
メイドさんに会釈して、先に歩き出した刹那を追う。2006-03-14 22:41:00 -
74:
椎名
エントランスホールの奥には螺旋階段があって2階へと続き、壁には絵がかかっている。上品な雰囲気が家中に溢れる。
「あげは、こっち。」
刹那があたしの手を取り、螺旋階段を昇る。2006-03-14 23:35:00 -
75:
椎名
「ビックリした?」
『う、うん。だって…こんなの聞いてないよ…』
「あげはがビックリすると思ったから言わなかったんだ。」
階段を昇りながら刹那が言った。
階段を昇った2Fには広いリビングがあった。大きな窓からやわらかい陽射しが注ぐ。2006-03-14 23:53:00 -
76:
椎名
リビング中央のソファで紅茶を飲む女性と、その向かいで本を読む男性。2人ともとても穏やかで、優雅だ。
「…父上、母上、ただいま帰りました。」
刹那が声をかけると2人が顔をあげた。
“逢夢…久しぶりね。”
「お久しぶりです。」“…そちらのお嬢さんは?”2006-03-15 22:40:00 -
77:
椎名
『初めまして。…椎名姫乃といいます。』
あたしは刹那の前で初めて本名を言った。少し驚いた顔をした刹那が続ける。
『…僕の…大切な女性です。』
それを聞いた刹那の両親は嬉しそうに微笑んだ。
“そう…”2006-03-16 20:07:00 -
78:
椎名
刹那が両親と話をしている間、あたしはテラスに出ていた。やわらかな風が髪を撫でる。
…海の…匂い…?
次の瞬間、海の匂いに後ろからふわっと抱きすくめられた。
『…刹…那?』2006-03-17 00:39:00 -
79:
椎名
「…ありがとう…」
『…ん?』
「あげはがいたから、この家に帰って来れた。」
『…強がりだね、刹那。…泣いても…いいんだよ?』
「……っ…」
刹那は静かに泣いた。その涙の理由は解らなかったけど、刹那が泣きたいのを、あたしは知っていた。2006-03-17 00:52:00 -
80:
椎名
“気をつけてね。たまには顔を見せてちょうだい、逢夢。姫乃さんもまた遊びにいらしてね”
『ありがとうございます。お邪魔しました。』
あたしと刹那は車に戻った。
『いい名前だね、逢夢って。』
「ありがと、姫。あー、ほっとしたらお腹空いた。ゴハン行こ☆」
それから刹那はあたしのことを姫って呼ぶようになった。2006-03-17 04:00:00 -
81:
椎名
刹那が選んだレストランは落ち着いた雰囲気のお店だった。入口にはCLOSEDの札。営業時間前みたい。
『刹那…まだ閉まってるよ?』
「大丈夫☆」
刹那がドアを開けて中に入る。
‘すいません、まだ準備中なんです…’2006-03-17 23:39:00 -
82:
椎名
「…久しぶり、悠」
刹那が声をかける。
‘あ…逢夢!?ビックリしたぁぁ☆元気だったか!?’
「あぁ、悠も元気そうだな。…いいか?」
‘おぅ、座れよッ♪’
「サンキュ。姫、おいで。」
あたしと刹那はカウンターに座った。2006-03-17 23:43:00 -
83:
椎名
悠の質問に心臓が鳴る。あたしは刹那にとってどういう存在なのか…
「あぁ、俺の大事な姫様だ。丁重に扱え」
…大事な…姫様…
‘へーぇ。いいとこの娘なんだ?’
…いいとこの娘なんて…あたしの家は…2006-03-18 04:44:00 -
84:
椎名
『いえ、あたし、椎名姫乃っていうんです。』
‘だから姫様か、なるほど♪でも、姫乃って可愛い名前だね☆’
…可愛い…?あたしはこの名前にずっと違和感を感じてた…小さい頃からずっと…2006-03-18 04:48:00 -
85:
椎名
「…姫、大丈夫?」
『…え?あ、うん、大丈夫だよ☆』
「そっか…。あ、悠、なんか飯作ってよ。」
‘かしこまりました、お客様。ご注文はお決まりですか?’
悠は意地悪そうに笑った。それがおかしくてあたしと刹那も笑う。笑いながら悠はキッチンへと消えた。2006-03-18 04:54:00 -
86:
椎名
「…姫?」
『…ん?』
「…後でゆっくり聞くから。」
『…うん…』
刹那はいつだって解ってくれる。いつだってあたしのことを誰よりも解ってくれる。
‘お待たせしました、お客様。ありあわせフルコースでございます☆’2006-03-18 23:18:00 -
87:
椎名
‘…もぅこんな時間か…’
「悠、仕事前に悪かったな…。」
‘お前ならいつでも歓迎だよ。また顔見せに来いよ?姫乃ちゃんも一緒にね♪’
『ありがとう。』
あたしと刹那は悠の店を出て車に乗った。
刹那の産まれた街が遠ざかっていく…。2006-03-19 00:17:00 -
88:
椎名
「疲れた?」
『ううん、大丈夫』
「ごめんね、連れ回して…姫には俺のこと、知ってて欲しいから…」
『楽しかったよ。ありがと。』
「…姫……今日、泊まりおいでよ…」
『…うん。』
刹那の車があたしたちの街に近付く。2006-03-19 23:24:00 -
89:
名無しさん
アゲ?
2006-03-31 18:55:00