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◆黄昏の赤◆
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1:
緋恋◆lZf.ArgVp2
この街の月は赤く濁っていて気味が悪い。
赤い光が街を益々汚れたように見せる。
あたし達みたいな人間には美しい檸檬のような月明かりを望む事すら贅沢な事なのかもしれない。2007-05-28 23:54:00 -
2:
緋恋◆lZf.ArgVp2
雨が降っている。
鉄鋼とコンクリートの街並みは灰色の雨と同じ色だ。ここは毎日が雨降りで晴れる方が少ない。
酸性の雨はコンクリートを少しずつ溶かし、鉄鋼を錆びさせオンボロのビル群は軒並み老朽化している。
ああ…今歩いている螺旋階段もいつ崩れるかわからない軋みをあげる。何回錆止めを塗ってもきりがない。2007-05-29 00:12:00 -
3:
緋恋◆lZf.ArgVp2
「ドクター!飯だ」
ビールの空き缶に埋もれるようにしている男に声をかける。床にはマイヤーズの空き瓶も数本。男はピクリともしない。
「今日はサンデイ・ピクニックのサンドイッチだよ、珈琲豆もいいのが入ってた」
「…生ハムか?」2007-05-29 00:20:00 -
4:
緋恋◆lZf.ArgVp2
男がようやく口を聞いた。
「……生ハムにレタスにスライスオニオン」
台所…といえたようなものじゃないキッチンからヤカンがピーピー音を鳴らす。一応使えるコンロが2つある。後一つはどういうわけかコックをひねってもガスが漏れるだけで火が付かない。
「はやく来てね」
口を聞いただけで動く気配のない男をおいて部屋を出る。もう11時。遅い朝食だ。2007-05-29 00:30:00 -
5:
緋恋◆lZf.ArgVp2
珈琲の香りが漂う。ひきたてはやっぱり良い。思いっきり濃いブラックを大きなマグカップに2つ。
「ブルマンか?」
のそのそと起き出してきた姿は冬眠から覚めた熊のようだ。
「ブルマンなんて買えねーよ」
あたしもドクターもブラックが好きだ。2007-05-29 00:34:00 -
6:
緋恋◆lZf.ArgVp2
「…また雨か」
サンドイッチを口いっぱいほうばったまましんみりと男は呟く。
「いつもだろ。…ってか物口に入れてる時にしゃべんな」
ドクターは生ハムにオニオンにレタス。あたしはチキンにトマトにオニオン。サンデイ・ピクニックのサンドイッチは野菜も肉もパンも上手くて街で一番だ。こんな街でまっとうに商売している事に頭の下がる思いがする。珈琲豆も扱っていて、それも上手い。
「なんていうやつだコレ?」2007-05-29 00:42:00 -
7:
緋恋◆lZf.ArgVp2
「オリジナル・モカ・ブレンドだったかな…?」
僅かにココナッツの甘い香りがする。上手いな…とブツブツ呟いている熊を無視して最後の一口を堪能。
「アン、今日薬とりにいってくれ」
「ドクターが行けばいい」
「駄目だ。行け」2007-05-29 00:47:00 -
8:
緋恋◆lZf.ArgVp2
美味い朝食の余韻が台無しだ。
渋々頷いた。
2007-05-29 00:50:00 -
9:
緋恋◆lZf.ArgVp2
この街はゴミ溜めのような所だ。ここで産まれ育ったあたしには他と比べようがないけれど、ここがひどい場所な事はわかる。
ほぼ一年中雨が降り不快指数は常に人をイライラさせた。大人も子供も犯罪を繰り返し、悲鳴と涙と狂気じみた享楽に満ちている。
毎日、語れる過去もないような人間がながれてきて、ろくでもない暮らしに定着する。
―極めつけはこの赤い月だ。2007-05-29 00:58:00 -
10:
緋恋◆lZf.ArgVp2
もうすっかり外は暗い。大嫌いな赤い月も健在だ。あたしはドクターの言いつけで街の南方面へ向かう。
赤い赤い大きな月。獰猛な獣の目のようで。腐って溶けて今に空からドロリと垂れてきそうだ。
この街で珍しくスッキリと晴れた日の夜にだけ赤い月はレモンのように艶やかに白く光る。そんな日は穏やかな気持ちで眠れて悪い夢もみない。
赤い月がこの街を狂わしているんだ。―そう思えてならない。なんせ一年の四分の三は赤い月に支配されているんだから。灰色の雨と一緒に。
……たまったもんじゃない。2007-05-29 01:12:00