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  • 1:

    ヨミ。

    カンカンカン。
    遮断機の音が遠くで響く。否、実際は目の前の出来事なのだが憔悴仕切った身体には自分の身に此れから降り掛かるであろう現実を理解するだけの余裕は残されていなかった。
    右に左に素早く移動する赤い光を呆然と見つめ、遠くからやって来る[回送]と表示された電車へと視線を移す。田舎なだけあり、夜中になれば人通りは全くと言って良い程に無くなってしまう。冷たく冷えた夜風に髪をなびかせながら、目の前を通り過ぎんとする電車の前へ足を踏み入れる。  と、その時。

    2010-03-31 04:07:00
  • 20:

    ヨミ。

    『今日はお団子のお味噌汁ですよ。涼夜さん、これ好きでしたよねぇ』     ボウルの中身をお玉の上に乗せ、沸騰する味噌汁の中へと落としてゆく。
    『大好きです』     お団子というのは小麦粉を水で溶いた物を味噌汁の中で一口大に固めた物の事を言うのだが、もっちりとした食間もそうだが、婆ちゃん子だった涼夜は子供の頃にその味噌汁をおやつ代わりに食べる事もあった程に大好物な物であった。  『仕事は順調ですか』  小皿に乗せた茄子の漬物を涼夜に差出す。     少し悩む仕草を見せたが、口元を緩め指先で漬物を一掴み掴むと、口の中へと放り込んだ。

    2010-04-02 00:17:00
  • 21:

    ヨミ。

    『どうでしょうね』   既に暗くなりはじめている外からの紅い光に妖しく瞳を光らせて笑う。涼夜がこの言葉で曖昧に答える時は部下に仕事を任せている時である。時折仕事の話でやって来る和人は、指示が荒過ぎて困る。と、そんな事を言っていた。意外にも大雑把な処のある涼夜は、自分の仕事以外の事は殆んど和人に任せているのだとか。然し、それだけ重要な仕事をすんなりこなす和人はやはり立派と言うか頼りになると言うか。涼夜には必要不可欠な存在だろう。そして彼を支える残りの三人も中々の強者である。顔を見せる事はあまり無いのだが、涼夜は全ての人間に信頼を置いていた。
    『涼夜さーん!和兄が電話変わってくれってさ!』 用件が済んだらしい尋乃は、古びた受話器を片手に畳に手を付き、こちらを覗き込んでいた。      『分かりました』    こくりと頷き尋乃から受話器を受け取ると壁に凭れ掛かり、天井を仰ぎながら時折肩を震わせて笑って見せたり、ほんの少し驚いた様に目を開いてみたりと忙しく表情を変えた。
    『心配せずとも覚えましたよ。お二人にも連絡、お願いしますね。頼りにしていますから和人君』     そう言い、受話器を黒電話の上に直すと顎に手を当てて考える仕草をした後、ぽつりぽつりと何かを呟く様に唇を動かして見せた。

    2010-04-02 01:35:00
  • 22:

    ヨミ。

    『ご飯入れましたんで』
    『あぁ、すみません』  座り込む涼夜を見下ろし声を掛ければ何時もの様に甘い表情を見せ、よっこらせという掛け声と共に腰を起こした。尋乃は既に座席に着いて手を合わせている。尋乃の向かい側に達巳が座り、二人を見守れる位置に涼夜が腰を下ろす。   『それじゃいただきます』『いただきま〜す』   『はい。いただきます』 達巳のゆるい掛け声を合図にし、箸を握った。    皆思い思いの物を食べ、尋乃は涼夜が居るという事実に満足気に微笑んでいる。『そう言えば和人さん、良かったの?尋乃』    そう問えば尋乃は箸をくわえたままこちらを見つめ返す。          『やる事があるからお前だけ食ってこいってさ』  尋乃は現在、兄である和人と二人暮しである。   両親とは仲が良いのだが、父親の転勤先が海外であった為、和人と二人で生活を送っているのだとか。  食事も偏りがちな気もするのだが、和人は妹である尋乃とは違い何でもこなすタイプの様で、大概の料理は難なくこなすのだと尋乃が話をしていた。     歳が離れている事もあってなのか、お喋りな尋乃とは比べ物にならない程に物静かな和人だが、誰からも頼りにされる人間であった。

    2010-04-05 02:20:00
  • 23:

    ヨミ。

    『こっちに居るのならまぁ安心だろう、と言っていましたからね。彼も心配していたみたいですよ?』  どうやら尋乃が和人が喧嘩をしているという情報は和人自身から聞いていた様子で、口元に笑みを浮かべながら答える。      『和兄、謝る気全く無さそうだったし。ていうかもう良いかなぁーって』   和人が謝るというのはどうなのだろうか。後の二人はそんな事を考えながらも、尋乃が諦めたのだからそれで一件落着だろうと頷く。『兄妹なんてそんなものですよ。きっとどこでも』 味噌汁を全て飲み込み、涼夜は手を合わせて先に食べ終わってしまった。
    『あれ、涼夜さんおかわり良いんですか?まだ結構ありますよ?』      立ち上がる涼夜にそうこえを掛けるが、また明日頂きます。そう言って台所へと向かってしまった。
    『尋乃さん。是非ごゆっくりしていって下さいね』 まだ食事中である尋乃に一声掛け、涼夜は居間から出て行ってしまう。    こくりと頷いた尋乃だったが、目の前で笑いを堪える幼なじみに気付くと眉間にくっきりと跡の残る皺を刻んだ。

    2010-04-05 11:07:00
  • 24:

    ヨミ。

    廊下を歩いて行けば薄らと明かりの灯る部屋が目に入る。障子越しに黒い影が伸びており、壁に長い闇をつくっていた。
    『涼夜さん、』
    一声掛ければ影はぴたりと動きを止めて、こちらを振り返る体勢となった。
    『どうぞ』       静かな空間の中で響く声に導かれるように障子に手を掛ける。薄く開けば障子の隙間から涼夜の背中を捉える事が出来た。     『お邪魔します』    部屋の中を見回せば文机の隣に添えられるように立てられた行灯が柔らかな明かりを放っていた。そんな薄暗い部屋の中で涼夜は何か本を読んでいるらしかった。こんな暗がりの中で本なんか読んだら目を悪くしますよと注意を呼び掛けた事もあったのだが、涼夜はいやに視力が良かった。  『尋乃、帰りました』  『そうですか』     この人物の凄いところは本へと視線を落としたままで会話が成り立つところだろうと思う。自分ならまず頭の中がごちゃ混ぜになって意味の解らない事まで口走ってしまう事だろう。  『えらく余裕ですね』  達巳の問い掛けに涼夜は一瞬顔を上げ、文机の上に置いてある万年筆へと視線を向けて軽く鼻で笑って見せた。こちら側から表情を伺う事は出来ないが、きっと愉しげに目を細めている事だろう。        『部下達が優秀なもので』それは確かだろう。尋乃の兄である和人は勿論の事。時折顔を出す三人の部下達も酷く頭のキレる人間達であるのだから。

    2010-04-22 14:45:00
  • 25:

    ヨミ。

    『だぁーックション!!!』
    車の助手席に乗った赤毛の少女は勢い良くくしゃみをし、鼻を啜りながら隣に座る女性が差し出したティッシュを受け取る。
    『風邪ひいてました?』 『いんや、んな事無い』 鼻をかみながら窓の外を流れてゆく景色に視線を向ける。田舎だという事もあり、遠くの方は空の闇と同化してしまい家の形を捉える事も出来ない。見えるのは車の明かりで照らされた十数メートル程の距離と、夜空に光る無数の星のみ。  『何しにアレは此処まで来よったんや。何も見えん』短い髪を赤く染めた少女は漸く落ち着いた様子で、隣で車を運転する眼鏡の女性へと声を掛ける。    『此処でお客様を拾ったと仰ってましたよ』    無表情のまま返事を返す女性へと赤毛の少女は呆れた様子で溜息を吐く。   『何が客や。犠牲者やろ』『そんな仕事に手を貸しているのですから他人事ではありませんよ、椿』   椿と呼ばれた少女は眉間に深い皺を刻み、背凭れに頭を預けて目蓋を閉じる。 『疲れるわ』      『仕事はこれからです』 知的な女性は一つの踏切の前で車を止める。目的地に到着したという事実に又も深い溜息を吐きながら椿は車を降りる。それに続いて女性も車を降り、カンカンカンと音を立てる踏切を眺めながら眼鏡を直した。 『一瞬で終わらしたる』 ズボンのポケットに手を突っ込み、スニーカーの先で地面の石を転がしながら遠くから走り寄る電車の光を見つめ続ける。     『幸せなる言うんなら』 短い髪を緩やかに揺らしながら目の前を通り過ぎてゆく電車から視線を外して車のドアへと手を掛けた。 『紗織、はよ行こ』   椿の横顔を眺めていた紗織は何かを悟ったかの様にドアへと手を掛けて車に乗り込んだ。

    2010-04-22 15:30:00
  • 26:

    ヨミ。

    『今回も四人、ですか』
    こちらに背中を向けたままの涼夜の首筋を見つめながら畳に腰を下ろす。やけに白い肌は薄暗い部屋の中でもはっきりと浮かび上がり、何だか不気味だと思ってしまった。
    『連絡が取れませんから』小説の貢を捲り続けながら当たり前だとばかりにそんな事を口にする。    『また旅に?』     『どうでしょう』    彼にしては随分と素っ気ない返事なのだが、達巳は気にする様子も無く畳に指を這わせながら言葉を並べてゆく。         『俺、たまに思うんです』涼夜は小説の表紙を閉じ、背後に腰を下ろす達巳の指先を眺める。畳の目に爪先を引っ掻けながら虚ろな瞳を揺らしていた。    『どうしてそんな平気な顔で一人の人間を地獄に落とす事が出来るんだって』 言ってはいけない事だと、聞いてはいけない事だと分かってはいても口から滑り出てゆく言葉を止める事は出来なかった。     『父さん、』      畳の上を滑っていた手を止め、涼夜に向き直り力強く拳を握り締める。    『父さんは殺された。俺は犯人を恨んでます。刑務所の中で平々凡々と過ごしてる犯人を許せない。この世から消してやりたいとも思うんです』       だけど…。       『父さんがいなくなって母さんは毎日泣いた。俺だって毎日苦しみました。そんな風に…涼夜さん達が消してきた人達の家族や友達の中にもそうやって苦しんでいる人がいるかもしれない。そうは思いませんか』

    2010-04-25 23:41:00
  • 27:

    ヨミ。

    『君の言っている事は解らなくも無いです。然し私達はその過ちに身を沈めてしまっている』      まるで手遅れだとばかりにそんな事を口にする涼夜に膝に置いた手の平を強く握り締めながら言葉を返す。『そんなの初めからやり直せば良いじゃないですか』自分の言っている事が間違っているのかと問われればそうで無いと良いきれる。この頑固な性格は父親譲りなのだろうか、そんな事を考えながら返事を待った。『彼等は大丈夫ですよ』 『え?』        こちらを振り返り正座をし、膝の上に小説を乗せたまま返事を返す。     『彼等はまだやり直しがききます。私はと言えばもうこちら側の世界には戻る事の出来ない人間ですから、化物と言った処ですし今更罪を洗い流す訳にもやり直す訳にもいかないのです』『…化物だなんて』   確かにこの平和な日常の中から見れば涼夜という人間はを知る者ならば何処か遠い世界から来たのでは無いかと思ってしまうだろう。

    2010-06-21 01:56:00
  • 28:

    ヨミ。

    『人の血を吸う化物です』ぼんやりと柔らかな灯りに照らされたその表情は優しく微笑んでいると言うのに何故だか酷く哀しげに見えた。人間の子として産まれ、人間の子として育ったはずの彼がどうして化物という未知の存在を手に入れる事となったのか。その理由を達巳は知らない。    『君は優しいです』   だから私の仕事には関わらない方が良いですよ。  そう呟いた彼の声はやはり落ち着きを保ち、脳天に直接届いてしまうかのように透明で暖かかった。

    2010-06-21 02:06:00
  • 29:

    ヨミ。

    ジリリリリー…     電話が鳴り響く。    何十年も昔の物であるからなのか、子供の玩具のような音を上げる黒電話の音に達巳ははっと我に返り、涼夜へと頭を下げて部屋を出る。        『こんな時間に誰が』  時計へと視線を向ければ十時を回っており、こんな時間に電話が鳴る事など殆んど無い。けたたましい音を立てる電話へと走り寄り、受話器を持ち上げ耳へと当てる。

    2010-06-22 02:10:00
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