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1:
ヨミ。
カンカンカン。
遮断機の音が遠くで響く。否、実際は目の前の出来事なのだが憔悴仕切った身体には自分の身に此れから降り掛かるであろう現実を理解するだけの余裕は残されていなかった。
右に左に素早く移動する赤い光を呆然と見つめ、遠くからやって来る[回送]と表示された電車へと視線を移す。田舎なだけあり、夜中になれば人通りは全くと言って良い程に無くなってしまう。冷たく冷えた夜風に髪をなびかせながら、目の前を通り過ぎんとする電車の前へ足を踏み入れる。 と、その時。2010-03-31 04:07:00 -
30:
ヨミ。
『もしも…』 『もうすぐ着く』 名前を告げる暇も無く素っ気ない女性の声が耳へと届く。聞き覚えのある声に達巳は床へと腰を下ろし、へらりと笑って言葉を返す。『椿さん?』 『あ?』 『達巳です』 どうやら涼夜本人だと思っていたらしいその反応にまたも可笑しくなって眉を下げる。 『おー!久し振りやのぉ』『ご無沙汰してます』 素っ気ない口調から彼女らしい元気な声へと変わる。『涼夜は?』 『部屋にいますよ。呼んできましょうか?』 そう問い掛けてみたものの、家の外でバタンと何かを閉じる音が聞こえた為にそれも必要無いかもしれないとそんな事を考えながら返事を待つ。 『鍵開けてくれりゃええ』やっぱり。急な話だなぁと内心で呟きながら受話器へと返事を返す。 『はい』 受話器を下ろせばチンと軽い音が鳴った。
2010-06-22 02:25:00 -
31:
ヨミ。
玄関の向こう側の明かりを点ければ女性の物と思しき影が二つ並んで見え、達巳は廊下から玄関へと下りてサンダルを履きつつ引き戸へと手を掛ける。 『よぉ』 『こんばんは』 引き戸を開けばポケットへと手を突っ込んだまま無邪気に笑う赤毛の女性とそれとは対象的に丁寧なお辞儀をする女性の二人が立っていた。 『どうぞ、入って下さい』二人の挨拶ににこりと返事を返して玄関の中へと迎え入れてゆく。 『どうも』 ふいに声が掛けられ、誰に掛けられた言葉かも解らぬまま三人共が廊下の先を覗き込む。階段へと続く廊下の角からひょっこりと顔を出す涼夜を見つけ、靴紐を解く手を止めて椿が怪訝な表情を見せる。 『えらい元気そやなぁ』 『お陰様で』 嫌味の一つもくれたところで椿は靴を脱ぎ終わり、迷う事無く居間へと入って行ってしまう。 『すみません』 そんな椿の代わりにと謝って見せる紗織に涼夜は優しく微笑みかけ、居間へと入るよう促す。そんな三人のやり取りを眺めながら一人遅れて居間へと足を踏み入れる達巳であった。
2010-06-22 03:51:00 -
32:
ヨミ。
『和兄、携帯鳴ってる』 『ん?あぁ』 手帳を片手にソファに腰を下ろしていた和人の携帯が鳴り、濡れた髪をタオルで拭きながら尋乃がテーブルの上から携帯を取り和人へと差し渡す。 『達巳から?』 『……………』 首にタオルを掛け、和人の隣へと腰を下ろすと躊躇いも無く携帯の画面を覗き込む。『うっわ!椿さんと紗織さん来てるんじゃん!和兄今から行くんでしょ?あたしも連れてってよ』 メールの内容を覗かれている事もお構い無しで二つ折りになった携帯を閉じ、天井を見上げながら口を開く。『早く髪乾かせてこい』 『はいはーい』 上機嫌になった妹を視線の端に捉えながら一つ小さな溜息を吐いた。
2010-06-22 04:05:00 -
33:
ヨミ。
『達坊、連絡したんか?』『返事は無いですけど、多分もうすぐ来ると思いますよ。涼夜さんからの連絡だと言ってありますし…ってか達坊は無いですって』 卓上に何かを広げ、会話をしている二人を余所に椿と達巳は何処からか持ち出したオセロを打ち合いながら会話を続ける。 『うちからすりゃ坊主や』『んな歳かわりませんて』相変わらず親父のような事を言う人だなぁと思いながらも久々に聞く関西弁は何とも居心地が良かった。 『達坊彼女出来たんか?』『俺ですか?そんなわけ』ある訳が無い。顔が悪い訳でも無ければスポーツや勉強が出来ない訳でも無い。欠点があるとすればそのどれもが普通だと言う事だろうと自分でもわかる程にあまりにも平凡過ぎる人間なのだと思う。 『出来ませんよ』 『相変わらずやなぁ』 けたけたと笑う椿は見た目はボーイッシュでど派手な、それでいてサバサバとした印象を受けがちだが、日常を共にする紗織の前では可愛らしい一面を見せる事もあるらしく、一度椿へと恋心を寄せた事もある達巳は少し羨ましいと思った事もあった
2010-06-22 04:22:00 -
34:
ヨミ。
(尋乃も来たんだ、) 何と無く重たくなった身体に無理を聞かせ、立ち上がり玄関へと向かう。 『いらっしゃい』 『皆は?』 玄関先に立つ和人と尋乃へと声を掛ければ真っ先に尋乃が声を上げる。 『中にいるよ、入って』 『はいはーい』 上機嫌な尋乃の背中を見送り背後に立つ長身の男、和人へと視線を向ける。 『遅くにすいません』 『いや、馴れてる』 皆が集まる時は大概が夜遅くなのだ。その度に和人へと連絡を送るのだが、和人は文句一つ溢す事無く呼び出しに応えてくれる。 『晩飯世話になったな』 『和人さんも来れば良かったのに』 用があったんだ。そう返事を返す和人はあまり表情を変える事が無い為感情が読みにくいのだが、物分かりの良いしっかりとした人物だと分かっている為に遠慮無く話掛ける事が出来る。
2010-06-22 17:30:00 -
35:
ヨミ。
『涼夜も中か?』 『ええ』 入る用に促すと廊下へと上がり居間の中へと入ってゆく。騒がしくなった我が家(居候の身なのだが)に一つ深呼吸をし、布団の用意をしないとなと居間とは別の部屋へと足を運んだ。
2010-06-22 17:37:00 -
36:
ヨミ。
『今回はどうするの?』 『うちのナイスな蹴りで気絶させる事から始めんや』 尋乃の無邪気な問い掛けにこれまた無邪気に返事を返す椿だが、物騒な事を口走っている事には違い無い。『椿、辞めなさい』 『ええやん。尋乃やで?』紗織の制止に頬杖をつきながら返事を返す。何時かうちらの下で働くんやから。そんな事まで呟く始末で仕舞には和人にまで余計な事を吹き込むなと注意を受けている。皆が揃ったという事もあり、軽いお茶請けと人数分の茶を盆に乗せて居間の中央へと運ぶ。
2010-06-22 17:46:00 -
37:
ヨミ。
『下手な作戦は必要無い』卓上に湯呑みを並べていると涼夜がふとそんな事を口にした。皆が湯呑みへと伸ばしていた手を止めて涼夜へと視線を向ける。 『始末方法などどうだって良いです。大切な事は人に見られてしまわない事でしょう』 『確かに、な』 顔の前で手を組む涼夜へと相槌を打つ和人であったが、和人の前に座っていた椿があからさまに嫌な顔をする。 『始末するんはうちや』 椿の言葉はごもっとも。始末をするのは大概が椿だという事も分かっている。
2010-06-22 19:30:00 -
38:
ヨミ。
『作戦などが無くとも椿ならば勢いだけで十分に仕事をこなせるでしょう』 眼鏡を持ち上げ、地図へと視線を向けながらそんな言葉を吐き出す紗織に同意するように涼夜と和人が揃って頷く。 『人を猿みたぁに』 『子供じゃないんだから』段々と機嫌を損ねてゆく椿を気に掛ける事も無く涼しげな表情のままに涼夜を見据え、口を開く。 『にしても随分と遠出を為さったのですね』 『えぇ、まぁ』
2010-06-23 01:31:00 -
39:
ヨミ。
『なんぼ程被害者に興味があんねや、この変態が』 皆の会話を聞いているととてもじゃないが涼夜の部下だとは思え無い。ひどい言われようだと思いながらも会話の邪魔にならないようにと口を閉じる。 『依頼者、ですよ』 『せやから同じや』 変態と言われた事に対しては何とも思っていないらしく、和やかな表情で椿の相手をする。
2010-06-23 13:18:00