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  • 1:

    ヨミ。

    カンカンカン。
    遮断機の音が遠くで響く。否、実際は目の前の出来事なのだが憔悴仕切った身体には自分の身に此れから降り掛かるであろう現実を理解するだけの余裕は残されていなかった。
    右に左に素早く移動する赤い光を呆然と見つめ、遠くからやって来る[回送]と表示された電車へと視線を移す。田舎なだけあり、夜中になれば人通りは全くと言って良い程に無くなってしまう。冷たく冷えた夜風に髪をなびかせながら、目の前を通り過ぎんとする電車の前へ足を踏み入れる。  と、その時。

    2010-03-31 04:07:00
  • 41:

    ヨミ。

    『それは有難い』    にこりと微笑んで見せる涼夜を煙たがるように卓上に立てた左腕をぱたぱたと振り回しながら紗織の顔を覗き込む椿。       『疲れたやろ、寝るか?』『そうですね。夜も遅いですし、休ませて頂くとしましょうか』       二人のやり取りを黙って見ていた尋乃であったが、何かを閃いたかのように瞳を輝かせつつ立ち上がる。

    2010-06-23 17:00:00
  • 42:

    ヨミ。

    『あたしも泊まりたい!』相変わらずの我儘っぷり。普段から馴れているという事もあり内心呆れるだけで外に出す事は無い。然し空気を読めなさ過ぎる妹に対していい加減痺れを切らしたらしい和人が口を開く。『今日は辞めておけ』  『だって椿さんも紗織さんも滅多に会えないじゃん』確かにそれはごもっとも。涼夜を中心に仕事をしてはいるものの皆がご近所な訳では無い。和人などは偶然にも近所であっただけであり、椿と紗織に関しては二人でルームシェアをしながら暮らしているらしく、都会で暮らす彼女らはこの田舎へと足を運ぶだけで随分と時間が掛かるはずなのである。

    2010-06-24 03:45:00
  • 43:

    ヨミ。

    『心配ありませんよ』  そこに口を挟んだのは涼夜だった。        『彼女達には当分居て頂く事にしましたからね』  今のは聞き間違えだろう。そう考えつつ椿と紗織を交互に見るが二人共特に変わった様子は無い。普段ならば涼夜の言葉にありえへんなどと呟いているはずの椿が涼しげな表情を見せている。可笑しいな…。    『あの、涼夜さん?』  『あぁ、達巳君に話すのを忘れていました。そういう事ですので宜しくお願いしますね』        (あぁ、そうだった)   顔が良くともスタイルが良くとも涼夜という男はこう、マイペースな人間であったのだ。第一この家は涼夜の物。自分はただの居候。口を挟める程に偉くは無い。とにかく今は無言で頷く事しか出来なかった。

    2010-06-24 18:38:00
  • 44:

    静まり返った部屋の中、文机の引き出しから一枚の写真を取出し眺める。写真にはまだ幼い子供とそれに寄り添うように綺麗な女性が一人、そして椅子に腰を下ろして幸せそうに微笑む老婆の姿が。涼夜はその写真を指先で撫でると一つ小さな溜息を吐いた。薄明かりに照らされたそれを裏返し、見なかった事にするかのように引き出しの奥へとなおしてしまう。過去など記憶の底へと堕ちて無くなってしまえば良いのに。そんな事を考えながら頭をうなだれさせた。

    2010-06-25 07:43:00
  • 45:

    ヨミ。

    朝。未だ肌寒い部屋の空気に布団を手繰り寄せ欠伸をしてから天井を見上げる。昨日の晩はえらく騒がしかったような気がする。張本人である尋乃は和人と一緒におとなしく帰っていったし、仲の良い二人も彼等が帰るとすぐに部屋へと消えてしまった。部屋に灯りが灯っていた事からその時点で涼夜はまだ起きていたのかもしれないが、何にしろ漸く訪れた休息だった。

    2010-06-25 07:49:00
  • 46:

    ヨミ。

    重たい身体を無理矢理持ち上げ、大きいとは言えない窓へと手を掛ける。カーテンを開き、鍵を開けてから窓をほんの少しだけ開くと朝の透き通った風が頬を撫で上げ通り過ぎた。と、窓の外。庭に誰かの影を見付け、自分の身体が外へ出るだけの隙間を開けて覗き込む。 『あれ、椿さん?』   『おぉ達坊か。はよさん』清々しい朝の空気に似合う爽やかな笑顔を浮かべ、こちらを見上げて片手を上げる椿の赤毛が眩しく光る。『朝早いですね』    『身体動かさんと動き鈍ってまうからなぁ。眠うても起きんとあかんねや』  癖ついてもうたけどな。そう笑って見せる椿に笑顔を返し、遠くに見える山を眺めながら伸びをする。

    2010-06-25 07:58:00
  • 47:

    ヨミ。

    『朝飯何が良いですか?』そう問い掛けると屈伸させていた身体を伸ばし丸い目をしてこちらを見上げる。『まだ達坊が作ってんか』『えぇ』        そう返事を返すと顎に右手を当てて首を捻る仕草を見せ、にこりと微笑みながら返事を返してくる椿。  『朝は卵焼きやろ』   『了解です』      こくりと頷き、窓の隙間を小さくしてから部屋を出る。今日も騒がしい一日となるのだろうか。そんな事を考えながら階段を降りた。

    2010-06-25 08:06:00
  • 48:

    ヨミ。

    廊下へと下りて居間へと足を運ぶ。そこで縁側を大きく開き、掛け声と共に複雑な動きを見せる椿を眺める紗織の姿を見付ける。  『おはようございます』 『あ、達巳君。おはようございます。良い天気ですね』そう言って微笑む紗織は朝も早いと言うのに長いであろう髪を綺麗に結い、パリッとした事務的なシャツを着てたたずんでいる。    『相変わらず早いですね』『椿が早いものだから』 そう呟く紗織に思わず笑みが洩れる。どんな形で二人が出会ったのかは詳しく聞いた事など無いが、本当に仲が良いのだと思う。昔からちょこまかと動き回る椿の背中を何も言わずに見守っていた。きっと普段からそうなのだろう。

    2010-06-25 08:17:00
  • 49:

    ヨミ。

    『まるで姉妹みたいです』『客観的に見ればそう見えてしまうかもしれません』姉妹で言うのならば紗織は間違いなく姉だろう。幾つ歳が離れているのかなど知らないし、聞いた事も無い。もしかすると同い年であるかもしれない。そうなってしまうと頭の中のイメージは崩れ去ってしまうのだが、それはそれで仕方が無い。

    2010-06-26 01:03:00
  • 50:

    ヨミ。

    『私達の関係は言葉では言い表わせませんから』  遠くを眺めながらそう呟く紗織の横顔は憂いを帯びていて、何処か寂しげに見えた。今はこれ以上入り込んではいけないような気がして、一つ頭を下げてから台所へと向かう。未だ顔を見せない涼夜の心配など余所にやり、きっと一人で食べる事になるであろう晩飯の献立を頭の中に浮かべた。

    2010-06-26 01:08:00
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