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  • 1:

    ヨミ。

    カンカンカン。
    遮断機の音が遠くで響く。否、実際は目の前の出来事なのだが憔悴仕切った身体には自分の身に此れから降り掛かるであろう現実を理解するだけの余裕は残されていなかった。
    右に左に素早く移動する赤い光を呆然と見つめ、遠くからやって来る[回送]と表示された電車へと視線を移す。田舎なだけあり、夜中になれば人通りは全くと言って良い程に無くなってしまう。冷たく冷えた夜風に髪をなびかせながら、目の前を通り過ぎんとする電車の前へ足を踏み入れる。  と、その時。

    2010-03-31 04:07:00
  • 51:

    ヨミ。

    ギシリー…
    古びたアパートの廊下を進み一番奥の部屋、安達と書かれた小さなプレートを確認してから戸を叩く。    『入っていーよー』   部屋の中から微かに聞こえた声に頷き、これまたギリギリと音を立てながらドアノブを回して戸を開いた。
    『やぁ、お早よう』   『お早うございます』  玄関から入って左側が台所スペースになっており、居間は玄関から真直ぐ進んだところにあるのだが部屋の中が丸見えになっており、首にヘッドフォンを掛けた金髪の男がこちらへと手を振っている姿が見受けられた。

    2010-06-27 01:49:00
  • 52:

    ヨミ。

    部屋の中だと言うのにサングラスを掛けたその男はへらりと笑みを見せながら立ち上がり、台所へと出て来る。 『相変わらずだねぇ』  『朝早くにすいません』 小さな食器棚から硝子のコップを取出し、やはりにやにやと笑みを浮かべながら冷蔵庫へと手を掛ける。  『いやぁ、よそよそしいなぁと思ってね。てか入んなさいな。風邪ひくよ?』 無言で頷き、居間へと歩を進める。部屋の中はアパートの外見に相応した雰囲気なのだが、安達の性格からか意外と片付いており、開いたスペースへと腰を下ろす。

    2010-06-27 01:57:00
  • 53:

    ヨミ。

    『いい加減敬語は辞めな』『…………』      微笑んでいるのだろうが、サングラスのせいで瞳の色が伺えない為に何とも怪しげな笑みを浮かべているように思えて仕方が無い。涼夜へとそんな言葉を掛けながら硝子のコップを小さなテーブルの上へと下ろし、先程まで座っていた場所に腰を下ろす。
    『君に敬語は似合わない』何かの拍子にケタケタと笑いだしそうな表情で言葉を紡ぐ安達の姿に溜息が出る。

    2010-06-27 02:04:00
  • 54:

    ヨミ。

    『お友達じゃないの』
    『そんな昔の事…』   コップを手に取り口を付けながら返事を返す。あぁひどい、と唸る安達を尻目に相変わらずだなと考えながらコップをテーブルの上に戻す。 『今はただの取引相手だ』『へぇ、言うねぇ』   口調を変えた涼夜を視線の端に捉えながら安達は喉の奥で笑ってみせる。

    2010-06-27 02:10:00
  • 55:

    ヨミ。

    安達宗志。涼夜とは幼なじみであり今現在はとある仕事の取引を行う仲である。夢買い。そんな単純かつ童話にでも出てきそうな仕事を生業としてきた男。涼夜が苦手とする類の人間で、何か言えばとへらへら笑ってはいるものの内心何を考えているのかが未だに理解出来ずにいつも中途半端な気持ちで帰る事となる。一番関わりたくない男であり、関わらざる終えない男でもある。

    2010-06-27 02:18:00
  • 56:

    ヨミ。

    『で、話ってのは?』
    『解っているはずです』 コップを手にしたまま親指でくいっとサングラスを掛け直し、またも敬語に戻ってしまった涼夜を見つめる。  『あ〜…』       あまりにも素っ気なさすぎる返事に肩を落としつつ、テーブルの上に置かれた煙草の箱へと手を伸ばす。後ろを振り返り、ほんの少しだけ開かれた窓を確認してから静かに口を開く。

    2010-08-02 02:21:00
  • 57:

    ヨミ。

    『世の中不景気でねぇ』
    僕なんてこのぼろアパートから出る術も見つけられないよ。煙草に火を着けながら呑気にそう呟く安達の言葉に内心呆れつつ、落ち着かない雰囲気に足を崩して胡坐をかく。       『坊っちゃんが良く言う』そう。安達という男は由緒正しい家系の次男坊なのである。実家はと言えば金に苦労する事などまず無いであろう大きさの屋敷で、実際のところ安達自身も別荘として幾つもの邸宅を構えている。豪邸と呼べる家もあれば此処のようなアパートと呼ぶべき家もあるらしく、ただ場所が良いというだけで物件の値段など気にする事も無くその日の内に決めてしまう事もあるそうだ

    2010-08-02 02:31:00
  • 58:

    ヨミ。

    『僕も苦労はしてるのさ』この男が呟くと嫌味のようにしか聞こえない言葉も実際のところ間違ってはいない。長男は家を継ぐ跡取りとして大切に育てられてきた。然しその影で安達は両親にも親族にも放っておかれ、幼い頃に人から貰うべき愛情という物を知らずに育ってきた。欲しいと思う物は何でも手に入ったし、我儘だって大抵受け入れてもらう事ができた。それだけで満足していた少年期を終え、思春期に入った頃に両親の意図を知る事となる

    2010-08-02 02:40:00
  • 59:

    ヨミ。

    『貴方の我儘を聞き入れるのはあの子の邪魔にならないように。貴方が欲しがる物を用意すれば貴方はあの子の邪魔をしないでしょ』直接そう言われたのだと安達は喉の奥で笑いを押さえ込みながら過去を語った。その言葉に痛みなど感じなかったし悲しいとも寂しいとも思わなかったのだと。然しその時点で彼の脳内は目まぐるしく回転し、この家に必要な存在では無いのならばこの腐った世界へと羽ばたいてみるべきかもしれない。何故だかそう直感したのだと彼は言った。

    2010-08-02 02:46:00
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